転生ヒロインは、サブヒーロー(不遇)と結ばれたい

村沢黒音

第1話 恋愛漫画のヒロインに転生しました


『お前は本当にどんくさい女だな』


 キラキラの背景。

 大ゴマに映し出されるのは、イケメンのお顔。


 彼は呆れたような、または、相手を少しバカにするような顔付きをしている。

 でも、その眼差しには、どこか優しさもこめられている。


 普通の読者なら、ここで”きゅん”とするところなんだろうな。

 そのページは少女漫画の見せ場だから。

 でも、私は内心でげんなりしながら、ページをめくる。


『……俺の手を煩わせた罰は、受けてもらうぞ』


 キラキラのイケメンが、にやりと意地悪な顔をしている。


 そして――。


 はい、きた。


 見開き。

 強引なキスシーン。


 びっくりして、目を見張るヒロイン。

 その背景には「きゅん!」という効果音が書かれている。


 そこで私の我慢は限界を迎えた。


「人の許可なくキスすんなッ!!」


 っていうか、ヒロインは落馬して怪我をしたシーンだよ? 彼女は何も悪いことしてないのに、“ 罰”ってなんだよ。



 彼は何様のつもりなのか?




『あなたの好きな俺様キャラ ランキング』

『1位は ルシオ・クリスティア で決まり!』




 あ、そうだった。

 思い出した。


 彼は漫画の人気キャラ。

 立ち位置はメインヒーロー。

『俺様キャラ』の頂点に立った人である。




 ◇




 私はその日、頭を打って、前世を思い出していた。

 ……真っ先に思い出したのが、漫画を読んでいた時の記憶ってどうなの?


 ふう、と呆れながら、体を起こす。

 一気にいろんなことを思い出したから、頭が重い。


 いったん状況を整理しよう。

 私の前世は日本生まれ。普通のOLだった。趣味は漫画を読むこと。


 そして、今の私はディアナ。

 17歳。身分は平民の少女。

 この国では珍しい赤毛は、ちょっと癖がついている。毛先がふわっとしていて、おしゃれな感じのボブカットだ。赤い瞳は、無垢であどけない。


 漫画の紹介文では「平凡な少女」って書かれていたけど、私としてはけっこう可愛い顔をしていると思う。


 あー。どうしよう。

 やっぱり、ディアナって、あのディアナのことだよね?


 この名前も、この見た目も、前世の記憶では馴染みのあるものだ。

 ……だって、好きな漫画のヒロインなんだもん。


 私が寝ていたのは、豪華なベッドの上だった。部屋を見渡すと、これまた豪華な家具の数々。

 平民の部屋がこんなに立派なわけないよね。

 ってことは、もう漫画のストーリーは始まっているということに……。

 ここはきっと、王城の一室だ。

 そんなことを考えていると、扉をノックする音が聞こえた。


「ディアナ様……! 目を覚まされたのですか?」


 低く落ち着いた声が、部屋の外から。


 う、うそ。この声ってまさか……。


「グラティス様……!?」


 おっと、思わず様付けしてしまった。


 でも、無理はないよね。

 だって、「ディアナ」の記憶が私に教えてくれている。この声は、国の騎士団長である、グラティス・ローラン!


 漫画で私が一番好きだったキャラ。

 つまり、推しキャラだ!


「失礼いたします」


 礼儀正しく告げてから、彼は室内に入ってきた。

 その姿に、一挙手一投足に、私は目を奪われていた。


 洗練された立ち振る舞いは、彼が模範的な騎士であることの証だ。

 年齢は22歳(公式プロフィールより)。

 その若さで騎士団長を務めているということからもわかる通り、非常に有能な人物だ。


 銀髪に碧眼。凛々しくて、男らしい顔立ちをしている。

 漫画の紙面でも、いつもお顔が綺麗だったけど……! こうして間近でみると、更にすごい。実物の方が何万倍も綺麗だ! 長時間、鑑賞しても飽きはこないだろう。


 着飾れば優雅な貴公子といった見た目だが、今、彼がまとっているのは騎士団の制服。マントをたなびかせながら歩く様は、これまた彼によく似合っていた。


 グラティスは室内に入ると、丁寧に片膝をついた。必要以上に近付いてこないのは、私を気遣ってくれているからだろう。……ちなみに、彼の身分は侯爵である。本来であれば平民である私に、そんな態度をとる必要はないはずなのに。


「ディアナ様……もう起き上がっても、大丈夫なのでしょうか」


 彼は不安そうに眉を垂らして、私を見つめた。

 その眼差しには慈愛がこもっている。心から私のことを心配してくれていたのだろうとわかる表情だ。


「あなたが落馬したとの知らせを受けて、肝が冷えました……。ご無事でいてくれて、何よりです」


 真心のこもった声に、私の胸はぐっとなった。


 そして、推しが実在していることで、「ここはやはり漫画の世界なのだ」ということを理解した。


『ルビーを探して』。通称『ルビさが』。


 それは前世で私が好きだった少女漫画だ。ジャンルは異世界恋愛ファンタジー。平民のディアナにある日、『宝石の巫女』の力が芽生え、彼女は王城に連れてこられる。そこで出会った第一王子に見初められる。また、騎士団長であるグラティスも彼女のことを好きになり、恋愛は三角関係で進行する。


 とはいえ、私の感覚では「これ、本当に三角関係か?」と首を傾げる描写も多かったのだけど。


 グラティスは忠犬のように私を見つめている。そこで私はハッとして、咳払いをした。


「ええ……その……。もう大丈夫です。グラティス様」


 すると、彼はとろけるような笑みを浮かべた。

 う、間近で見る、推しの笑顔! すごい、きゅんきゅんしてしまう……!


「俺の前では、そうかしこまらなくても大丈夫ですよ。といっても、あなたは突然、『宝石の巫女』と呼ばれて、この王城に来た身ですから……慣れるのにも時間がかかることでしょう」


 彼はそこで忠誠を誓うように、胸に手を当てた。


「何かあれば、いつでも俺に相談してください。いつでも、あなたのお力になります」


 ああ、漫画で読んでいた通りだ。

 グラティスは本当に優しくて、誠実な騎士なんだなあ。

 だからこそ、私は胸が苦しくなる。この後の展開を知っているから。


 彼、漫画の中ではすごく不遇キャラだったんだよなあ……。

 だって、彼はディアナのことが好きなのに、「サブヒーロー」的なポジションなのだ。私が「これって三角関係か? すでに敗北決定してない?」と疑問に思った点がそこである。


 ヒロインのディアナは、1話の時点で第一王子に一目惚れしている。最初からずっと王子とディアナは両想いの状態なのだ。

 つまり、そこに横恋慕しているグラティスは完全に当て馬だった。


 それなのに、全編にわたって、彼はものすごく健気なのだ。

 彼はディアナが王子のことを好きだと知っている。それなのにずっと、ディアナを支えて、守ってくれる。

『宝石の巫女』であるディアナは命を狙われ、また、平民なのに王子と仲良くしていることで、他の令嬢たちからも嫌がらせを受ける。その時、全力で守ってくれるのはグラティスだった。


 物語の中盤では、暗殺者から庇って、彼が大怪我を負うシーンがある。

 ディアナが彼に謝ると、『あなたが無事でいてくれて嬉しい』と答えるのだった。


 そのシーンを読みながら、私は泣いた。


 グラティス! 健気すぎるよ!

 そして、その後で展開される「王子とディアナのいちゃらぶシーン」には、ぶちぎれそうにもなった。

 グラティスがかわいそうだとは思わないのかー!!?


 ちなみに終盤で、グラティスの隠していた恋心がディアナに知られてしまうシーンがある。もちろん、ディアナの返答は「お断り」であった。

 その時もグラティスはむしろ申し訳なさそうにしながら、「あなたのお気持ちは存じております。どうか殿下とお幸せに」と、優しくほほ笑むのだった。


 え? そ、そんなことってある?

 じゃあ、誰がグラティスを幸せにしてくれるの!?

 彼は国に仕える騎士だ。今後一生、王子に仕えながら、ディアナと王子がいちゃいちゃしているところを見させられる人生になるんじゃない?

 そんなの、あまりにも不憫すぎる……!


 私がそんなことを考えていた時、部屋の扉が開いた。


「何をしている、グラティス」


 高圧的な台詞が飛んでくる。

 室内に入って来たのは、金髪の青年だ。

 その顔を見て、私は、げっ、となった。


『ルビさが』のメインヒーローである、『俺様王子』。

 ルシオ・クリスティアだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る