タイトル「『とりあえず』に塗りつぶされた人生」
kayako
私の人生は「とりあえず」で作られている。
私の父と母は、「とりあえず」でお見合い結婚。
「とりあえず」セックスした結果、私が生まれた。
幼稚園や小学校も、とりあえず近場にあったという理由で決められ。
皆がやっているからという、いかにもとりあえずな理由でピアノを習い。
中学生になると、みんなが行っている塾にとりあえず行き始めて忙しくなった結果、ピアノはいつの間にかやめてしまった。
友達も、とりあえず近くにいた子と仲良くなり。
いじめとか、面倒くさいことがあったらとりあえず無視し。
とりあえず親や先生の言うことを聞いて、とりあえず勉強し、とりあえず家の手伝いをし。
ヒマな時はとりあえず、漫画読むかゲームするかネットを見ていた。
高校も、とりあえず家の近くの進学校を選び。
大学も、とりあえず理系の大学を選んだ。
理由は――文系科目よりも理系、特に数学はとりあえず「これ」という、白黒はっきりした正解を出せるから。
現代文や英語とか、正解が幾つもあるタイプの科目は最低限の勉強しかしなかった。面倒くさくて。
高校でも大学でも、部活やサークルはとりあえず周りに勧められるまま。
面倒でないならとりあえずそこでいいやと、いくつも部活やサークルに入っては数か月で放り出す。その繰り返し。
とりあえず言えることは、私は面倒事が嫌いだったということ。
人間関係、勉強、進路、家の手伝い、趣味に至るまで――
あらゆることでちょっとでも面倒があれば、「とりあえず」とばかりに面倒の少ない方を選んだ。
「とりあえず」という言葉はそもそも、「間に合わせの処置として」という意味を持つ。
だから、「とりあえず」ではない――つまり「間に合わせではない、本来の」選択肢が私にはあったはずだ。
だけど私は、「とりあえず」を選び続けることに慣れてしまっていた。
本当の選択肢が何なのか、そもそもそんなものが存在したのかどうかも、何一つ分からないまま。
そして今。
私は「とりあえず」どこかに就職しようとしたが――
そんな私を、まともな企業が受け入れてくれるはずもなく。
幾つも幾つも面接を繰り返しては『貴方の志望動機を教えてください』と『自己アピールをお願いします』で詰まり、アウト。
志望動機? とりあえず選んだからに決まってる。
自己アピール? とりあえずを繰り返して進路を選んできた私に、アピールできる長所なんてあるわけない。
結局今の私は、「とりあえず」パソコンが出来ればやっていける派遣OLとして、何とか日々を生きている。
そして、結婚はどうしたと親がうるさくて面倒なので、とりあえず友達から紹介された彼氏と半同棲中。
ちなみにその彼、小説家志望の無職。今度こそ一次通過してやる!とコンテストのたびに息巻いているが、通過したためしがない。
そして一次落ちするたび、飯がまずい家事が出来ない金はどうしたなどと私にあたり、暴れる――要するにDV男。
アパートの家賃や生活費は全部私持ちだ。口論するのが面倒でとりあえずワガママを聞いていたら、そうなっていた。
親がいる実家は面倒。
彼のいるアパートも面倒。
だから私はとりあえず、会社の近くの喫茶店に入り浸り。
とりあえずブラックコーヒーを頼むことが多くなった。
出されたカップの中、黒く揺れる液体。
やることもないので、とりあえず意味もなくそれを見つめながら、思う。
面倒事を「とりあえず」で回避し続けた人生。
「とりあえず」間に合わせの選択肢を選び続けた、私の人生。
結果、私の未来はこのブラックコーヒーみたいに真っ黒になってしまった。
お先真っ暗なんてもんじゃない。
趣味もない、仕事もろくにない、お金もない、ろくな友達も彼氏もいない。
全部、「とりあえず」を選択し続けた結果、真っ黒に塗りつぶされた人生。
――塗りつぶされた?
違う。私が、塗りつぶしたんだ。
面倒くさいことを避けて、楽な方を選択し続けたら、いつの間にか――
自分の人生が、どうしようもなく面倒なことになっていた。
冷めていくコーヒーと同じようにどんよりした目で、私はふと考える。
――もう、この世の中自体が面倒だし。
とりあえず、死んじゃおうかな。
そうすれば、こんな現実よりは面倒のない世界に、転生できるかも知れないし。
だけどそういう時、私は思い出す。
自分で命を絶つこと自体、やたらと面倒くさいことを。
飛び降り? 単純に痛そうだからとりあえず嫌。
飛び込み? 車でも電車でも、金銭的に面倒なことになりそうだからとりあえず嫌。
首吊り? 絞まる時間がやたら苦しそうだからとりあえず嫌。顔も酷く膨れ上がるみたいだし。
睡眠薬? うまくいかなかったら死ぬより酷いことになるらしいし、とりあえず嫌。
リスカ? 何度かやってみたけど、うまくいきそうにない。とりあえず無理。
……というわけで、結論はいつもこうなる。
とりあえず、生きていこうかな。
死ぬのは面倒だし、とりあえず生きていれば、何かいいことだってあるはず。
――そしてコーヒーを飲み終えた私は、とりあえず立ち上がった。
さて。彼のいるアパートか、親のいる実家か。
とりあえず面倒じゃなさそうなのは、どっちだろう?
***
「……ってね。
とりあえずこんな感じで、今度の短編小説コンテストテーマ『とりあえず』に応募してみようと思うんだけど、どう?」
「とりあえず言わせてもらうと……
暗すぎ! そして僕のこと悪く書きすぎ!!
僕、ニートでもヒモでもないよね? 稼ぎは少ないかも知れないけどとりあえず正社員だよね!?」
「い、いやぁ……
そういう設定にした方が、とりあえずそれらしくなるかな~?って思ってね。
あと、とりあえず締切までに書けそうなネタがこれしか浮かばなかったんだよね」
「それでも、『とりあえず』がテーマなら、せめてもうちょっと捻ろう?
例えば、幸せを呼ぶ青い鳥を追っていたけど、なかなか巡りあえない……みたいに、『トリ』『あえず』の方向性で行っても良かったんじゃない?」
「それも考えたけど、逆にありきたりすぎるかなと思ってさ。とりあえずド直球で行ってみた」
「とりあえず僕のことは、もうちょっといい風に書いてくれ……
合ってるの、『小説書いてるけど一次落ちばかり』ってトコだけだよね?! 生活費だってちゃんと折半だし……足りなかったのなら言ってくれていいんだよ!?」
「うん、まぁ、生活費はとりあえず大丈夫だから心配しないで」
「とりあえず、DV男ってのだけは直して!
僕、君にそんな酷い暴力ふるったことある?」
「全然ないよ。でも……
そういう風に、カワイく喚く姿がすっごく見たくて、とりあえず書いちゃった♪」
「とりあえずその『♪』つけてごまかすのやめてー!!」
「うふふ、許してだーりん♪
とりあえず……ちゅっ♪♪」
「だから、とりあえずキスでごまかすのは……っ……!
うぅ、う~~!!」
とりあえずFin
タイトル「『とりあえず』に塗りつぶされた人生」 kayako @kayako001
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