束の間の一時
ナタリーは、カイザーと共に外に出た。魔法塔までは歩いても近かった為、移動魔法は使わず、気分転換に散歩しながら行くことになった。
ナタリーは、外に出るときは大体がアッシュと一緒で、周辺の店や飲食店をじっくり見るのは初めてだった。
屋台で、パンの間にアイスが挟んでいるスイーツが売っていた。
ナタリーが物珍しそうに見ていると、
カイザーが
「あれ、食べてみる?」
と聞いてきた。
ナタリーは子どもみたいに物欲しそうな顔をしていただろうかと恥ずかしくなった。
「い、いえ!見ていただけです!欲しいだなんて・・・!」
慌てて否定するナタリーを見て、カイザーはクスッと笑い、
「ちょっと待ってて」
と言い、スイーツを買いに行ってしまった。
2人分買って戻ってきたので、ナタリーはお礼を行ってスイーツを受け取り、噴水の前のベンチに並んで腰かけた。
「わっ!おいしい。。。」
口に入れてみると、食べたことがないような美味しさだった。アイスなのに、パンが少し温かくて絶妙だった。
「カイザー様は、前に食べたことあるんですか?」
「いや、初めてだよ。こんなにきれいな女性と並んで食べると、より一層おいしいな。」
カイザーがビックリするようなことを言うので、ナタリーはむせてしまった。
「きれいだなんて。。。そんなこと言われても何も出ませんよ。カイザー様の周りには、きれいな人ばっかりじゃないですか。」
ナタリーが赤面しながらいうと、カイザーが意外そうに言った。
「よく言われるだろ?それに、女性の魔法使いは俺は苦手だ。うるさいし、自分勝手だし、ナタリーとは違う人種だな。」
ナタリーにはよく分からなかった。女性魔法使い達を何人も知っているが、皆とても美しく、自信に満ち溢れている。
ナタリーに対して、まるでゴミでも見るような目を向けられたことが何度もあり、
『大魔法使い様に上手いこと取り入った、目障りな虫』
と言われているのを聞いたことがある。
ナタリーにはカイザーがお世辞を言っているようにしか聞こえず、あははと笑ってその場を流した。
ナタリーは、昔からこの歳になるまで、女性らしい扱いをされたことはほとんどない。アッシュは褒め言葉など使わないし、他の女性のようにおしゃれをする機会もなく、服装も常に真っ黒の侍女服である。
お世辞だとしても、この時カイザーから女性らしい扱いをされたことが、ナタリーは少し嬉しかった。
その後、魔法塔で資料室を案内し、カイザーと別れた。自分の部屋に戻った頃には、日が暮れていた。
部屋に戻るとすぐ、アッシュに自室にくるよう呼ばれた。
「アッシュ様、お呼びですか?」
「やっと帰ったか。今までどこに行っていた?誰と一緒にいたんだ?」
アッシュの不機嫌な様子にナタリーは頭を抱えたくなった。
「ええと・・・カイザー様が魔法塔にご用事があるというので、途中まで案内してました。」
「はぁ?カイザー?なぜ、お前が案内する必要がある?自分の職務を忘れるな。」
アッシュのあまりのいいように、ナタリーも言い返したい気持ちになり反論した。
「私は、アッシュ様の侍女として、職務を果たしているつもりです!少し息抜きするのがそんなに悪いことですか?外で少しお話して、甘いものを食べていただけです。」
それを聞いたアッシュは立ち上がり、ナタリーの前までツカツカと歩いてきた。
ナタリーはビクっとし、1歩後ろに後ずさったが、アッシュから手首を掴まれた。
「魔法使いの男は、どんな女に対しても口八丁手八丁で口説こうとしてくるんだ。きれいだとか、かわいいとか言われたか?真に受けるなよ。」
アッシュのいう通りだった。あまりに図星だったので、ナタリーは恥ずかしさで何も言えなくなってしまった。先程まで浮かれていた気持ちが、一気に沈んでいくのが分かった。
自分でもバカみたいだが、涙目になっていたかもしれない。
ナタリーの様子を見たアッシュは、少し焦って
「泣かなくてもいいだろ」
と言った。ナタリーはアッシュの足を思い切り踏んづけ、
「泣いてません!失礼します!」
と言い、部屋を出ていった。会議が終わると、アッシュはジークリートを個別に呼んだ。
他の出席者はそこで解散となった。
ナタリーとウィルは後片付けをし、帰ろうとしていた時だった。
「ナタリー、ウィル、お疲れ様。」
穏やかに声をかけてくる者がいた。
火属性のジークリート、風属性のイースに続き、3人目の上級魔法使い、光属性のカイザー・オズウェルだった。
カイザーは、黒髪に凛々しい眉、男らしい顔付きで、隆々とした体つきをしている男だ。
ナタリーはいつも、アッシュやウィル、ジークリートなど、どちかというと中性的な美しさのある男性と接しているため、カイザーのように凛々しく男らしいタイプの男性と接すると、なんとなく落ち着かないような、ドキドキするような感覚があった。
「カイザーさん、お疲れ様です。今から帰られますか?」
と聞くと、
「いや、実は探したい資料があって、魔法塔に寄ろうかと思ってな。ナタリーも魔法塔に帰るだろ?せっかくだし、一緒に行かないか?」
意外な申し出に、ナタリーは返事に困った。カイザーのような人と、2人っきりで何を話せばいいのか分からないし、緊張するからだ。1人で帰った方が気楽だった。
すると、ナタリーの表情を見てウィルが少しニヤっとして言った。
「いいじゃん、ナタリー!カイザー様は魔法塔のことあんまり知らないしさ。ついでに案内してあげなよ!」
ウィルが、意味ありげな顔でウィンクしてきたが、ナタリーは意味が分からなかった。助け船でも出したつもりだろうか。
帰り際、カイザーの後方を歩くナタリーの背中を、ウィルが軽く叩いた。
「ナタリー、たまには大魔法使い様以外の男性も見ないと。自覚ないかもしれないけど、君を狙ってる魔法使いは多いんだよ。カイザー様は、アッシュ様と違ってレディには優しいよ。」
ヒソヒソ声でウィルに言われ、ナタリーは意味不明だった。
「ウィリー、冗談よして。私が魔法使いにモテるわけないでしょ?魔力無しなのよ?カイザー様は、そういうつもりじゃないわよ!」
ナタリーが怒って言った。
「だってそれは、君に近づくには、ガードマンがやばすぎるからだよ。炭にされたくないから誰も近づかないのさ。まぁ、とにかく楽しんで!!」
ウィルはそう言うと、手を振り走り去っていった。
ガードマンとは誰のことだと、ナタリーはため息をついた。
ウィルがこう言うのも、理由がある。
魔法使いは男性が多い。女性もいるが、10人に1人くらいの割合でしか現れない。
また、家門の人間全てが魔法使いというわけではなく、ほとんどの人間は魔力がないが、ごく希に、魔力のある人間が出てくる。
魔力のある人間は、大多数の魔力無しの人間から本能的に嫌われてしまう。それは魔力が強いほどその傾向があり、魔法使いは、皆揃って、容姿、能力に優れているが、女性と関わりを持てないことがほとんどなのである。
その為、魔法使いの女性というのは大変モテる。男女の恋人は1対1というわけではなく、魔法使いの女性は恋愛に奔放で、1人の女性に男性が複数人、ということが当たり前になっているのである。
そんな中、魔力無しでありながら、魔法使いになぜか嫌悪感を抱かない、希少な人間が、ナタリーであった。
ナタリーは、魔法使いの女性のように、ちやほやされて当たり前の環境では育たなかった為、わがままで思い上がったようなところがなく、思慮深く気立ての良い性格だった。
おまけに美人だったので、近付きたい魔法使いの男性は多かった。
しかし、何せ大魔法使い専属の侍女ということで、皆アッシュに目をつけられるのを恐れ、表だって近寄ってくるものはいなかったのである。
アッシュは悶絶し、その場にうずくまっていた。
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