第2話野牛武士団の襲来
ステージの上には40人を超える美女が集められていた。貴賓席の中央で満足げに其れを眺めているのは関白、葺藁幹仲であった。
「スタートせよ」
パチンと指を鳴らして関白が合図すると、女達は一斉に後ろを向いた。そして自ら裾を捲り上げた。
優美なる曲線に彩られたヒップの華が、満開に咲き誇った。ステージ中央には特に一際、目を引く女が居た。
ライトに照らされた其の女の銀髪が輝く。踊り乍ら衣服を脱ぎ捨てた彼女は、ハイヒール以外、一糸纏わぬ姿と成った。長い銀髪を振り乱し、艶やかに舞う、その女に関白の眼は釘付けと成る。
「おぉ、玉藻。見事じゃ」
盛大に葺藁幹仲は盃を掲げた。玉藻と呼ばれた女性は、関白の側室の内の一人だった。雪の如き白い肌に白銀の長い髪。総じて彼女は白色系に彩られていた。しかし、だからこそ却って朱色のハイヒールが鮮烈に目に焼き付いた。いや朱色は他の箇所にも有った。
紅の塗られた唇。更には手足の爪である。そして何より人々の目を捕らえて離さなかったのは、両胸の先端、その頂に誰もが見惚れていた。
関白の側室が、この様に満座で肌を晒す事は滅多に無い。しかし敢えて美しい肉体を魅せ付ける事で、これ程の美女を侍らせている関白の勢威を示しているのである。
況してや此の場は王朝ブロック会議の壮年局の懇親会である。場を盛り上げる事は、関白の威厳を高める事にも通ずるのだ。そして何より、他ならぬ玉藻自身が全く嫌がってはいない。
美貌を自他共に認めている彼女にとっては、自らの美しさを知らしめる事が誇らしくさえ有るのだ。
「いつも乍ら美麗に舞っておられますな、玉藻殿は。ねえ、父上」
声を掛けた少年は葺藁幹仲の嫡子、嘉幹であった。関白の後継者と目されている嘉幹は、こうした各種の会合にしばしば同行していた。場慣れさせておこう、と云う葺藁家の方針であった。
「あれ程の舞い手は世に、そうそう御座るまいて」
「うむ。全くじゃ」
称賛を述べた息子に幹仲も同意した。気分が乗って来た処でステージに目を遣れば、玉藻が手を振り、脚でステップを刻む度に彼女の乳房も大きく揺れた。父子は玉藻の踊りに酔い痴れた。
「斯様にキレッキレな踊りを披露しておるが、それだけが玉藻の魅力に非ず」
「え?それは如何なる事で、父上」
興味津々に嘉幹は問い掛けた。
「踊りもキレッキレじゃが、頭の方もキレる。正に切れ者よ」
嘗て玉藻は何処ぞの研究所に所属していた、と耳にした覚えがあった。その研究所が異端の研究に手を染めた、との廉で当局に目を付けられ、閉鎖に追い込まれたと云う。
研究の内容は今と成っては詳らかでは無いが、人間の身体能力を飛躍的に向上させる為の実験が行われていた、と報告されていた。一説には常人に野獣の遺伝子を組み込む事で、ヒトを超えた存在、即ち『獣人』を創り出そうとしていた、と噂に上った事もあった。
いずれにせよ、玉藻がどの位、研究について関わっていたのかも不明である。彼女も特に語ろうとせず、幹仲も余り関心が無かった。彼としては過去がどう在ろうとも、彼女が今、側にいてくれていると云う事実の方が重要なのだった。
「今は昔・・・とでも云うか喃・・・」
記憶の海を探っていた葺藁幹仲は昔、まだ関白に就任する以前に、何処か地方の講演会に出席した事を思い出した。閉会後はお決まりの宴会である。その時に、踊り子として宴席を盛り上げていたのが玉藻であった。
踊りも然る事乍ら、話術も巧みで、話しているだけで楽しい気分にさせてくれる。しかも類い稀な美貌の持ち主である。一目見て夢中になった幹仲は、旅館の主に話を付けて、その場で玉藻を側室の一人として迎える事を決定した。反対する者は誰もいなかった。
断片的に話を聞いた処に因れば、研究機関から追放された後に、玉藻は各地を転々とした云う。いつしか場末の店で踊りを見せる様に成り、その妖艶さで客を虜にしていった。やがて噂は広まり、大旅館にスカウトされるに至った。
天性の恵み豊かなるボディーラインに鮮やかなる踊りの技術、更に爽やかな口調で語る鈴を転がす様な声。これ程のものを兼ね備えた彼女を、世間が放っておく訳が無いのだ。まるで運命に導かれるかの如くに玉藻は、王朝屈指の権力者の側室と成った。
側室に成った後の玉藻は、夜の営みのみならず、いつの間にか政治の表舞台の案件に関する様々な相談事までをも幹仲から受ける様に成っていた。そして其の度に的確なアドバイスをした事で、大いに幹仲は助けられ、遂に彼は関白の座を射止めた。これで玉藻への寵愛は一層深まった。
抑々、幹仲には数多く兄弟がおり、彼自身は四男坊であった。権力者にとって身内は、力強い味方に成る事も有れば、逆に最も身近な敵対勢力とも成り得る。幹仲が兄達を押し退けて関白の座に永く居座り続ける事が出来たのは、玉藻の智謀に因るものだ、と噂されていた。
ステージ上で今、踊っている彼女からは、そんな策士としての片鱗はまるで窺えない。だが、だからこそ玉藻と云う女性は底知れぬ存在なのかも知れない。
不意にスポットライトが玉藻に強く当たった。すると光の加減だろうか、彼女の瞳が黄金色に輝いた様に見えた。
「キレる女は綺麗だ・・・と云う事さ」
呟いた幹仲がクイッと盃を干すと、矢継ぎ早に次の酒が注がれた。酔った眼差しでステージを眺めると、玉藻は艶めかしく体をくねらせて踊っていた。それに釣られる様に他の踊り子達も、手足を絡める様な妖しい踊りを魅せ付けた。それを観た客達はワッと歓声を上げて、座は大いに沸いた。
宴席は玉藻のお陰でたけなわと成った。幹仲の許へは色々な者達が引っ切り無しに酌をしにやって来る。彼らは少しでも関白に気に入られようとして、懸命におべっかを使い、御追従を述べた。その度に幹仲は嫌な顔もせずに、頷いて盃を傾けた。
「如何でしょう。関白殿下」
「うむ。一首詠むか」
側近に尋ねられると、幹仲は指を顎に当てて自信たっぷりに詠った。
「この世をば我が世と思ふ桃尻の、噛めたる事も梨と思へば」
「流っ石、殿下、風雅にて御座りまするぅ」
「蜜の滴る桃に齧り付きたくなる程の名歌にて御座りますわい」
「何の何の、梨の瑞々しさも絶品じゃて!」
口々に周囲の者達は賛辞を贈った。それを耳にすると幹仲も喜悦に口辺を歪めた。やがて近臣達は酒杯を掲げて叫び出した。
「王朝万歳!」
「王朝に永遠の安寧を!」
「王朝よ、永久なれ!」
歓喜の声は止まる事を知らなかった。ボルテージがアップし、熱狂の宴は果てる事なく、続けられた。その場にいた誰もが、永遠の栄華を信じて疑わなかった。後に旧文明と区分される時代の出来事であった。
旧文明の時代は、王朝を王侯貴族が統治していた。其の国では特に科学技術が発達し、機械化が進められた。
一見すると人々の暮らしは便利に為り、政治や行政も安定化している様に見えた。しかし所詮は見せ掛けである。
政権の安定とは不正と腐敗の温床でしかないのだ。それは何処の国でも、いつの時代でも大差は無い。寧ろ歴史の鉄則ですらある。
鉄則が鉄則たる事を証明するかの如く、国家は腐敗して往った。腐敗した国家を牛耳る貴族達は政治が本来、目指すべき道筋から外れ、お役所仕事を辛うじてルーチンワークとして処理するだけの形骸化された官僚への道を辿った。斯くして表層的な業務を形式的にこなすだけの官僚と化した貴族達は、改革を蔑ろにし、益々私利私欲を全開にした。
「儂らエリート貴族は、貴族に相応しく華麗に振る舞わねば喃」
「そうじゃ、そうじゃ。貴族には貴族の優雅な生き方がある。下賤な臣民共には理解出来まい」
「うむ。国家が安定しておるのは儂ら貴族の輝かしき実績じゃ。その気高き実績に見合う高額報酬を受け取って何が悪い」
自らを省みると云う事を、貴族達は先天的に知らない。
「貴族として豪勢に暮らすには金が要るのじゃ」
「そうじゃ、そうじゃ。儂ら貴族は国家の政事を取り仕切っておる。政事には金が掛かるのじゃ」
「げにも、げにも。臣民共には理解出来まい」
思い上がった彼らは、自らを律すると云う事を知らない。
「政事には金が掛かるのじゃから政事を取り仕切る貴族が大金を持つのは当然じゃ。ならば臣民共から搾り取らねば喃」
「そうじゃ、そうじゃ。臣民共を飼ってやっておるのは、貴族に貢がせる為じゃ」
「うむ。油と臣民は、絞れば絞る程、良い」
ギラり、と貴族達は欲望に眼をギラつかせた。
「金じゃ!金が要る!」
「ならば増税じゃ!」
「そうじゃ、そうじゃ。増税じゃ!」
満場一致で増税が決定された。即刻、布告が発せられた。時として偶発的に庶民を救済する為の真っ当な法案が提言されても、殆ど議論されずに廃案と為るか、或いは延々と決定が先延ばしされるだけである、と云うにも拘わらず、増税等に依って国民負担率を引き上げる為の法律に関しては、疾風の如くあっさりと軽やかに実行に移される。これが貴族政治の実態であった。
「おい、また増税されたぞ」
「こんなんじゃ、やっていけねーよ」
「アイツらには庶民の辛さが解んねぇんだよ!」
当然の結果として、民間人は疲弊した。増税で可処分所得が減少すれば、庶民の負担が増加し、生活が成り立たなく成るのは自明の理である。しかし思い上がった貴族は、それを理解しようともしない。
「おのれ!臣民共め!生活が苦しい等と泣き言を言いおって!」
「そうじゃ、そうじゃ。臣民は無批判で貴族の命令に従えば良いのじゃ!」
「げにも、げにも。身分の差を解らせる為にも、もっと厳しく取り立てて遣れ!」
益々、人々の暮らしは苦しく成ってきた。所詮、増税とは経済状況を悪化させる毒薬なのだ。結局は増税効果で社会全体が衰退への道を辿るのである。
抑々、経済とは『経世済民』の略語である。世の民衆を真っ当な政策を経て救済する事を指す。庶民の懐具合が潤わずして、真に『経済』足り得ぬだ。
官僚化した中央貴族に金銭を集中させても、経済とは成り得ない。集中させた金銭を貴族が自らの懐に入れる事は搾取でしかないのだ。だが貴族達は経済と財政を混同し、逆に経済を口実にする事で、搾取を強行した。
「この侭では財政破綻するぞ!財政破綻を回避する為には増税が必要じゃあ!」
「国を守る為じゃあ!増税せよ!」
「そうじゃ、そうじゃ。増税して中央に金を集めるのじゃ!」
増税に次ぐ増税で国家の税収は最高値を更新し続けた。結果として国庫には金銭が溢れ返っていた。しかし国家側は「国の資産」を公表せずに、財政赤字を主張し続け、更なる増税を画策した。
斯くして国家の税収が増えれば増える程に、民間人が疲弊すると云う状況が続いた。民衆は常に所得を奪われているのだ。当然の帰結である。
集めた金銭を庶民に還元すれば『経済』は回る。しかし金銭を権力者間で分配し、還流させても経済成長が成される筈は無いのだ。経済を口実とした搾取。それが緊縮財政の正体である。そんな状態が数十年に及んだ。
貴族とその取り巻き達は益々贅沢になっていった。その一方で民衆は、どんどん困窮してゆく。格差社会が拡がるのである。だが貴族達は格差是正どころか、責任を放棄して現状を放置した。法治国家を吹聴しておき乍らも、実態は放置国家であった。
放置国家を取り仕切る関白の座は、幹仲の後継者たる葺藁嘉幹が就いていた。だが何も変わらない。政策の基本姿勢は踏襲されており、あらゆる物事に於いて、特に何かが改善される事は無かった。
政治の安定と云う美名の許に、悪政が保持されてきた。やがて悪政の結果が如実に表れてくる事となる。例えば人口減少である。
民間人の可処分所得が減少し、人々は己一人が生活して往くだけで手一杯と為る。とてもじゃないが家族を持ち、家庭を築こう等と云う気概は保てない。こうして『失われた時代』が続く。一方で権力者達の懐具合は潤沢である。貧富の差が拡大する。格差社会は深刻化して往くばかりである。
人口減少とは権力者から見れば、端的に労働人口の減少である。王朝は解決策を他国からの労働者に求めた。
「周辺諸国から労働者を掻き集めるのじゃ!」
「南方の貧しき国々からなら、喜んで我が国に来るじゃろう」
「そうじゃ、そうじゃ。数年我慢して働けば大きな稼ぎと成る、と言葉巧みに誘うのじゃ。きっと多くの者共が集うじゃろう」
「げにも、げにも。何年か経ったら契約を打ち切って追い出せばよかろう。そうすれば常に低賃金労働者を確保出来ようぞ」
「ククク、労働と低賃金の好循環じゃな」
自分勝手な論理である。だが王朝の経済は停滞している。余程の技術革新でも無い限り、好転する事は無いだろう。この様な状況で有力者達が高額報酬を得るには格差社会を保持しなければ成らない。
何故なら経済規模は事実上、固定化されている。長年に亘って何ら改革も無いのだから当然である。失速した経済状況が慢性化しているのだ。収益は増えない。ならば固定化された収益を如何に分配するか、と云う事と為る。ならば必然的に有力者側の取り分が多く設定され、残った分を非正規雇用者で分け合う羽目に陥る。それが格差社会のシステムである。益々経済は悪化する事と成る。
正に『負のスパイラル』である。だが欲深い権力者達は更に金銭を我が物にしようと企んだ。官僚化した貴族の私利私欲は底なしなのだ。
「もっと金が欲しい!高貴なる身分を保つには金が要る」
「もっと増やす方法は無いものか喃」
「そうじゃ、そうじゃ。近頃は物価高じゃから、臣民の目を誤魔化して上手く贅沢せねば喃」
「げにも、げにも。臣民が幾ら餓えようと痛くも痒くもないが、貴族の暮らしに支障が出るのは大問題じゃて喃」
無い知恵を絞って貴族達は連日、悪巧みを繰り返していた。結論ありきで議会は進められている。詰まる処は増税一択である。
抑々彼らにはビジネスのセンスが欠乏しており、商才とは縁遠い。故に権力と云う力を行使して、力尽くで金銭を弱者から奪うのだ。それが許可される立場に彼らは君臨している。
身分や肩書で高額報酬を得るとは、強奪に等しい。強盗とは、行使する力の種類が異なるだけで、奪っている点は変わらない。いや厳密に言えば、差し出す様に仕向けているのである。何故そうなるか、と云えば矢張り、貴族が権力や軍事力を有しているからである。だからこそ成り立つ話なのだ。詰まり、結局は力尽くと同義である。
力を有している有力者であるが故に何もせずとも、ただ地位や役職の座に胡坐を掻いて在籍しているだけで高額報酬を得られるのである。ならば下手に何かを改革したりするよりは何もせぬ方が良い、と云う結論に達する訳である。
斯くして停滞の時代が続き、その停滞の上で踏ん反り返って集金を続ける者達。それが貴族なのだ。だが余りにも無策過ぎて、様々な物の値段が高騰し、物価高が慢性化していた。しかし、それでも貴族側には特に打開策も無い。寧ろ物価高を招こうとしている。
「消費に対する徴税は国家にとって有益じゃ喃」
「物の値段が上がれば、臣民が支払う代金も跳ね上がる。必然的に税収も上がる」
「クハハハ、正に万々歳じゃて喃」
「物価高と増税の好循環じゃな」
笑いが止まらない。それが貴族の現状であった。しかし、にも拘わらず、貴族達の欲望は満足する事を知らなかった。
「ククク、労働者の賃金を上げてやるのも一興じゃなぁ。上がった賃金で物を買わせれば、税収も増えるわ」
「正に親の総取りの様なものですなぁ、フハハハハ」
「見せ掛けだけの賃金上昇でも、臣民は大喜びじゃろうて喃」
「家畜を上手く喰らう為には、家畜にも餌を食わせねば喃」
「げにも、げにも」
議会は大いに盛り上がった。やがて定刻と成り、貴族達はそれぞれに帰邸した。関白、葺藁嘉幹も議場を後にし、自邸へと戻った。彼は議会が増税路線で進行している事に満足していた。
多少は慎重論を提示する者もいるが、所詮は少数派に過ぎない。押し切れば増税に傾くだろう。いつもの事だ。何の問題も無い。近日中に更なる増税を実施する手筈も整っている。
寝室で寛ぎ乍ら、会議の様子を思い返していた嘉幹は、クイッと盃を干した。税金で飲む酒は美味かった。
すかさず、側に侍っていた女が酒瓶を手に取った。着衣は乱れており、胸元がはだけ、太腿も露わになっていたが、隠そうともせずに嘉幹の盃に、トクトクと酒を注いだ。盃に酒を満たすと、女は嘉幹にしな垂れ掛かった。
「豪ぅ御機嫌みたいですなぁ、殿下ぁ」
「まあな。税金を肴に一杯やるのは貴族の特権だからな」
「あらあら、殿下は正直な御方ですなぁ」
「フッ、関白たる余は何事も隠さず、昂然と在らねば成るまいて喃」
盃を傾けつつ、嘉幹は語った。
「そうじゃ。隠す必要は無い。己の在り方を誇らしいと自負する者は、何も隠さずとも良いのじゃ」
ほろ酔い気分で嘉幹は、上から下へと女の躰に視線を這わせた。そして彼女の張りのある太腿をじっくりと眺めてから美酒を呷った。
サムライヌ @3monbun4
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