35:新たな抵抗者のために

先生いわ


 一部の人々は輪廻転生を信じている。前世の記憶を不意に思い出してしまう事例があるためだ。かつてこの地球上で生きた人物の魂が生まれ変わり、今生こんじょうにおいて自分という存在に生まれ変わった。だからあり得ぬ過去の記憶を持ち合わせているのだと。だが、前世の記憶は曖昧だ。辻褄つじつまの合わないところもある。それも当然のこと。なぜなら、輪廻転生など無いのだから。


 魂は不変ではない。容易に形を変えるし、死んでしまえば消えてなくなる。生まれ変わることなどないし、死後の世界も存在しない。では不意に思い出される自分ではない誰かの記憶の正体は一体なんなのか?


 それを知る者たちがいる。彼らは覚知者リベレーターと名乗り、記憶から得られる力、秘術を使い世界を調整してきた。覚知者リベレーターたちは記憶の導きに従い、歴史をあるべき姿へと操作してきた者たちなんだ。強固で強大な覚知者リベレーターたちの組織は人類の歴史と共にある。だが、その存在を知る者はごくわずか。世界の真実など知らぬまま生きた方が幸せというもの。覚知者リベレーターは普通の人間には受け止めきれない秘密を、巧妙に隠し続けてきたんだ。


 真実の秘匿。それは必要なことだ。もし事実が公然のものとなれば、人間の文明は混乱と共に崩壊していくだろう。覚知者リベレーターが歴史を操作してきたこと、死後の世界も輪廻転生も無いこと、そして記憶の真相。これらを秘密のままにすべきだというのは我ら抵抗者もおおむね同意見だ。覚知者リベレーターと方針が同じというのはしゃくだが、世界を守るためにはいたし方がない。だが、ゆっくりと、少しずつ事実を開示していけば、いつか奴らの支配から脱することもできるだろう。昔と比べて宗教の力は衰えている。転生も死後の世界も強く信じる者は確実に減ってきている。良い傾向だ。


 さて、キミが思い出してしまった記憶がなんなのか、その真実を語ろう。アカシックレコードという言葉を知っているだろうか。簡単に言えば、そうだな、この地球自体の持つ記憶だ。困ったことにこの記憶、あふれ出ることがある。大地の記憶が噴出すれば、それは天変地異となって地上を襲う。土地の記憶が漏れ出せば、それは幻視ヴィジョンとなって我々人間に夢のようなものを見せる。そして、人の記憶がさまよい出れば……それを受信してしまった者は前世の記憶を思い出したと感じるだろう。


 覚知者リベレーターどもはこの記憶の奴隷だ。自分自身の尊厳を失い、過去の誰かの記憶が持つ意志に乗っ取られた連中だ。結局のところ、人の本質は記憶だ。自分が自分であるという証明は、自分自身と他者の持つ記憶に依存する。もしキミが自分の記憶を失い、キミを知る者がひとりもいなくなったならば、元々のキミは消滅したも同然だろう。それは過去を生きた誰かも同じことだ。英雄や偉人はその生涯が記録され、実在したことが証明されている。だが、名前を記録されなかった人々のことは誰も知らない。キミを知る者がいなくなった時、真の意味でキミは死ぬ。


 だけどね、幸いなことにと言うべきか、厄介なことにと言うべきか、地球はすべてを記憶している。名もなき人々のことも、アカシックレコードにはしっかりと記されているんだ。その記憶が流出し、誰かの記憶に混入して、その誰かが現在よりも過去の記憶を優先したなら、過去を生きた人物は現世によみがえったも同然だと思わないか? 記憶を継承することで、覚知者リベレーターは事実上、永遠に生き続けている。奴らは不死の化け物さ。


 ところでキミは、これまでの人生をすべて、はっきりと記憶しているかな? 一年前の今日、昼食が何だったか覚えているかい? 今まで生きてきた中で、食パンを何枚食べたかは? おそらく記憶は曖昧だろう。地球の記憶も同じさ。はっきりとしない部分が多い。だから覚知者リベレーターはそれを改竄かいざんし、事実上の過去改変を行っている。人類の歴史は何度も何度もいじくり回されているんだ。我々以外に連中を止められる者はいない。


 うん? ああ、すまない。ついつい我々、抵抗者の説明をはしょってしまった。『人類解放戦線』についての説明をしなくてはならないね。抵抗者、解放戦線、好きな呼び方をしてくれていい。我々は自由であるべきだ。自由であることが我々の武器であり、目指すところでもある。


 我々は広義の覚知者かくちしゃだ。アカシックレコードから、強い記憶を受信してしまっている。太古から続く記憶の持つ力、秘術も操れる。ちょっとした超人だな。だが、力におぼれてはいないし、この体を記憶に明け渡してもいない。我々は今を生きる人間だ。過去の亡霊に操られてはいないし、これからも自分自身を見失わずに生涯をまっとうする。キミも、キミのままキミの人生を生きて、キミとして死ぬんだ。記憶に抵抗するから抵抗者と名乗っている。覚知者リベレーターどもは中途覚醒者や半覚醒者なんて呼ぶがね。


 私は先生という役職を持つ解放戦線の一員だ。役割のひとつは、こうして新たな抵抗者に真実を伝えて覚知者リベレーターになってしまわぬよう警告することだ。そう、警告が主目的だ。キミに解放戦線に加わるよう強制はしない。ただし、強い記憶を手にしてしまったキミは、今後幻視ヴィジョンという現象に巻き込まれていくことになるだろう。その時は我々を信じて頼ってほしい。必ず力になると約束する。キミが過去の記憶に飲み込まれてしまわないように。


 今すぐに我らの一員になることを決めてくれてもいい。ただ、これから話すことをよく聞いて、自分の意志で決めてほしい。強大な覚知者リベレーターとの戦いに身を投じるのは、幻視ヴィジョンに怯えながら暮らすよりも過酷だからね。


 幻視ヴィジョンとは何かって? そうだな、そこから伝えよう。さっき言ったように、地球の持つ歴史の記憶が漏出ろうしゅつしたものが幻視ヴィジョンだ。地球の見る夢だと言う者もいる。地上の一定の範囲に過去の一場面が再現されてしまう。例えば、キミの住む街にフランス革命のパリが再現されるかもしれない。これは夢まぼろしの類いだが、銃弾に当たればキミは実際に死ぬし、断頭台で処刑されて死ぬかもしれない。それだけじゃない、キミの中には新たにフランス革命当時を生きた誰かの記憶が植え付けられる。周囲を見渡せばそこは革命の混沌に燃えるパリだ。キミにはその当時の記憶がはっきりとある。気を強く持たなければ、キミは過去の人物に乗っ取られてしまうだろう。ちなみに、覚知者かくちしゃ以外は幻視ヴィジョンが終息すればその中での記憶をほとんど失う。元の日常に戻るんだ。心身に傷を負いながらね。死んでしまう者も少なくない。


 幻視ヴィジョンはおおむね覚知者リベレーターが引き起こす。幻視ヴィジョンを悪用すれば歴史を改竄かいざんすることができるからね。災害を誘発させることもある。連中はいくつもの組織に分かれて争っているから、敵対組織に打撃を与えるために天変地異を利用するんだ。人々が巻き添えになっても奴らは言うだろう、必要な犠牲だったってね。人知れず街ひとつなくなって、誰もそれを認識できない、そんなこともあるんだよ。


 我々解放戦線の主要な活動は災害の発生を未然に防ぐことだ。もちろん、可能なら歴史の改竄かいざんも阻止したい。我々はこれまでにいくつもの災厄から人々を守ってきた。人知れずね。と言っても、解放戦線はまだ若い組織だ。創設は一九九九年。だから、できて二十年といったところだね。


 解放戦線はインターネットを通じて生まれた。抵抗者ははるか昔から存在したが、なにせ覚知者リベレーターはあまりに強大だ。抵抗者が集まろうものなら、すぐに潰されてしまう。だが、普及したばかりのインターネットは覚知者リベレーター組織同士の牽制のお陰で色々と穴があった。その隙に乗じて抵抗者がひとつにまとまることができたし、その後も活動を続けられている。『人類解放戦線』は匿名掲示板で誕生したんだ。


 そうそう、解放戦線には役割の別はあっても上下関係は無い。私は先生と呼ばれているが、何らかの権力を持っているわけじゃない。リーダーもいるが、解放戦線の方針を定めるだけで、それに従うかどうかは個々のメンバー次第だ。つまり、キミの決定はキミの意志ですべきだということさ。ちなみにリーダーはカーネルと呼ばれている。覚知者リベレーターにバレないよう、頻繁に人が入れ替わっているという話で、正体は私も知らない。


 解放戦線は地域毎に予報士を配置している。幻視ヴィジョン発生の前兆を観測する秘術を持っている者たちだ。彼らから解放戦線の一員に情報が届けられる。介入するかどうかは個々のメンバーに委ねられているから、誰も行かずに災害を起こされてしまう、なんてことも残念ながら少なくない。だから、私のような先生がいる。私たちは覚知者リベレーターの動きを監視し、解放戦線の一員に情勢を伝える。そして、人々のために戦ってくれるよう、お願いをするんだ。強制はしないしできない。そもそも先生は戦闘が不得手な抵抗者が多いものだからね、戦えるキミたちをどうこうするのは難しい。


 戦闘が得意ではないと言っても、私たち先生も解放戦線の抵抗者だ。キミに秘術の使い方をレクチャーできる。そして敵である覚知者リベレーターについて教えることもね。だから先生なのさ。


 さて、色々話してしまったが、この時点で解放戦線に加わる気が無いというなら、残念だけど止める気はない。どうか記憶の奴隷にだけはならないでほしい。さよならだ。


 もう少し話を聞いてくれるなら、場所を移そう。十分長話をしてしまったが、もっと長くなるからね。ゆっくり知識を消化していってほしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る