15:ミラーズコート

 さて、と太一は手を打った。

「事件現場に行けば四人の覚知者リベレーターのうち誰かと遭遇する可能性があるっす。サン・ジェルマン以外と会ったら一目散に逃げるっす。ヤツだったら全力で叩くっす」

 うなづく蘭と、うなづくしかない拓矢と鶴田。抵抗者ではない真坂は状況を理解しきれずぽかんとしている。

「で、逃げるにせよ戦うにせよ、一般人のマサカさんは正直言って邪魔っす」

「だよねぇ。それは私にもわかるよ、うん」

「かと言って、一人にするわけにもいかない」

「鶴田さん、やさしい!」

「戦力を分けるのは悪い手っす。とはいえ、オレらから正義感を抜いたら覚知者リベレーターと変わらなくなるっす」

 真坂から安堵の声がもれた。

「鶴田さんを護衛に残すのが最善かしら」

「オレの中の軍師サンはそうは言ってないっす。懸念けねんその一、タクヤくんがジャックと対面した時、暴走するおそれがあるっす」

「たしかに、心を強く持っていられる自信は無いです」

懸念けねんその二、外で待ってる所にサン・ジェルマン以外が現れて有無を言わさず襲いかかってきた場合、ツルタさん一人じゃオレらを呼ぶこともできないかもしれねっす」

 鶴田は申し訳なさそうにうなづいた。

「タクヤくん、マサカさんの護衛を頼んでもいっすか? どのみち、すべての可能性には対処しきれねっす」

「は、はい! もちろんいいです! でも、もし、そのサン・ジェルマンって人がこっちに来たらどうしましょう?」

「ヤツは長話が好きっす。雷でもなんでも、大きな音で合図をくれたら突入組は急いで出てくるっす。ヤツ以外の覚知者リベレーターが来たらマサカさん抱えて全力で逃げるっす」

 拓矢はこくこくとうなづく。

「逆に中でサン・ジェルマンに会ったら、優先順位の問題で援軍に来てほしいっす。派手に爆炎でもブチ上げて合図するっす。その場合、マサカさんは家と家のスキマにでも隠れてるといいっす」

 真坂がこくこくとうなづく。

「正直、不確定要素だらけっす。とはいえ、動かなきゃ後手に回ってアトの祭りっす」

「わかったわ。その作戦でいきましょう。鶴田さんは私たちの援護に徹して。敵の動きを、霊力の流れをよくて伝えてちょうだい」

「ツルタさん、秘術はバッチリ使えてるのにさっき防御のための秘術が使えなかったっすよね。フツー自分が扱える秘術は直感的にわかるモノっす」

「やはり、そうか。私は敵を討つような秘術も使えそうにない。足を引っ張ってしまいそうだな」

「直接の戦闘には向いていなくてもできることはあるわ。敵をしっかりと見て、危険があれば知らせて。できるはずよ」

「わかった。敵を見るというその役目、精一杯務めよう。戦いの技量があればと思うと悔しいが、身の丈に合った働きをさせてもらうさ」

 そう言いながら、使い方のわからないパズルボックスに複雑な想いのこもった視線を向ける。

「それと、抵抗者は意志が続く限り、日常を繋ぎ止める鎖を代償にして命を守れるわ。こくな話だけど、日常の一部を削り続ければ、死にはしないから、ふたりとも覚えておいて」

 鶴田と拓矢は、実感こそ湧かないがうなづいた。

 そうして、拓矢と真坂を残し、抵抗者たちはミラーズコートの敷地へと入っていく。真坂が鶴田の背中に声をかけた。

「鶴田さん、私を守るって約束破らないでくださいね」

 振り向く鶴田。

「ああ。別行動する間、真坂さんを頼んだよ、拓矢くん」

「はい!」

 拓矢は剣のつかをギュッと握る。

「よろしくね、拓矢くん」

 先ほどの抱擁ハグを思い出し、少年は顔を赤くした。


 ミラーズコートはミラー氏の所有する土地に建てられたコテージ群である。そのひとつがメアリー・ジェーン・ケリーの住む部屋だ。

「ツルタさん、ナカ探れるっすか? 影を操作できるなら得意そうに思うっす」

「ああ、それならできそうだ」

 影の手をいくつか扉のわずかな隙間から侵入させる。手探りになるが、すべてに触れてしまえば目で見るよりも確実に中の様子を把握できるだろう。

「残された証言からでは犯行時刻がわからないわ。もっとも、幻視ヴィジョン内で現在時刻を確認するには当時の時計が必要だけど」

 鶴田の秘術はじっくりと時間をかけ、室内を探っていく。

「動くものは無さそうだ。不在の時間帯か?」

 そんな言葉を言い終わるかどうかのタイミングで温かいものに触れる。寝ているメアリーだろうか、そう思った矢先にぬるい液体の手触り。

「血だ、すでにメアリー・ジェーン・ケリーは殺害されている。血液がまだ冷え切っていないということは直後だ」

 三人に緊張が走る。切り裂きジャックがまだ室内にいる可能性があるということ。

「扉を開けて現場を確認するっす。幻視ヴィジョンの終了条件が事件を観測されることかもしれねっすから、念のため」

 危険を冒すことになるが、反対する者はいない。エドワード・バダムが、シャーロック・ホームズが、切り裂きジャックの素顔を見たいと切望している。

 太一が盾を構え、鶴田が外開きの扉を開く。霊力の視線を素早く走らせた蘭が拍子抜けした声をあげた。

「誰もいないわ。メアリーの死体だけ。いくら覚知者リベレーターでもこれだけ魔眼でられて隠れられるわけない」

「オレらの接近に気付いて逃げたっすね」

 そろりと室内に入り遺体を見れば、喉をナイフで切られ、腹部に一刺しされただけの比較的綺麗な状態だ。

「三件目、エリザベス・ストライドと同じだ。途中でやめている。取り逃したか……」

 鶴田の残念そうなつぶやきはバダム刑事としてのものだ。彼ら抵抗者にとって、切り裂きジャックの正体を突き止める必要性は皆無なのだが、どうしても記憶に引っ張られてしまう。

「ジャックを狙う者の気配も無い。サン・ジェルマンも現れない。拓矢くんたちと合流しよう」

 残念そうなのはホームズの混ざった蘭も同じだった。

「ふたりとも、刑事と探偵になってるっすよ」

 肩透かしを食ったが強敵と戦う不幸は避けられた。あとはサン・ジェルマン伯爵がどう出るか。このまま彼が現れずに幻視ヴィジョンが晴れれば万々歳だ。

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