6:覚知者(リベレーター)
仇敵との遭遇は有益な情報をもたらした。秘術寺院、そう呼ばれている現行人類最古の組織がある。龍脈から地球の記憶の力を汲み上げ、超常的な力を行使する技法、秘術。その研究と発展をかかげて活動する
「先生に念話で状況を伝えておいたわ」
「サン・ジェルマンが姿を見せたってことは、準備はあらかた済んでると思った方がいいっすね」
「そうね、あいつは私たち抵抗者が実験を阻止しようとするのをねじふせて楽しむクズだもの。わざと私たちに見つかったのかもしれない」
眉間にシワを寄せ、仇敵への憎悪を燃やす。
「準備が整ってるならいつ大規模
「先生が有望な新人を見つけたそうよ。タイミングから考えて切り裂きジャックに縁がある記憶を持ってるだろうって。あとは何人、抵抗者が
「新人っすか。時代に縁がある記憶が無いと、なかなか
「一般人が巻き込まれるよりマシよ」
太一が両手を軽くあげてお手上げのポーズをとる。
「サン・ジェルマンの実験なら、
「ええ、実験阻止を第一に動くわよ。サン・ジェルマンの撃破は可能なら、で」
「さっきみたいな暴走はカンベンっすよ――」
その時、ふたりの頭の中に念話の繋がりの予感が走った。ラジオの周波数を合わせるように、霊力の波長を調整すると、男性の声が頭の中に聞こえてくる。
「大規模
抵抗者たちの頼みの綱、広範囲探知に長けた予報士による緊急広域念話だ。
「早かったっすね」
「やっぱり、さっきのは宣戦布告だったようね、自己顕示欲の強いサン・ジェルマンらしいわ」
そんな短い会話の後、しばらく待っていると、周囲の風景が溶けて地球の記憶が地上に現出していく。
「警報から八分ってとこっすか、逃げろって言われて逃げられる時間じゃねっす。後手後手っすね」
東京の街並みは、およそ百年前のロンドンへと上書きされた。
産業革命以来、大気汚染の続くロンドンでは街中に煤煙が立ち込めている。霧のロンドンと言えば風情があるが、実態は空気の悪い公害都市だ。
「うへぇ、前回も思ったっすけど、鼻が慣れるまで大変っすね」
寒さを感じてジャージの上着に袖を通しながら、太一は顔をしかめた。
「ここは……イーストエンドね。ホワイトチャペルは向こうだったかしら」
同じくジャケットを羽織りながら、蘭はシャーロック・ホームズの記憶を頼りにロンドンの地図を思い描く。
「まずは今が何年何月か……新聞買ってくるっす」
道行く新聞売りの少年に声をかけ、太一は小銭入れから出した十円玉を渡す。
「九月二十九日、土曜日っすね」
「カノニカル・ファイブの三件目と四件目、エリザベス・ストライドとキャサリン・エドウッズが殺される日ね」
「よく覚えられたっすね。と、そんなことより、事件が起こる現場に行けば何かありそうっすかね」
「三件目のエリザベス・ストライドの遺体はあまり不必要に切り裂かれていなかったそうよ。そして同じ夜のうちに、もうひとりキャサリン・エドウッズが殺された。そちらは前の二件と同様の手口」
「誰かに邪魔されたってことっすね。
「それにしても、切り裂きジャックの正体がわかるなんて、ちょっとわくわくしない?」
にこっと笑みを浮かべる蘭に、太一が釘を刺す。
「ランさん、意識がホームズに引っ張られてるっすよ、切り裂きジャックの正体は知る必要の無いコトっす」
「そうね、どうにも好奇心が強くなってる、気を引きしめるわ。で、夜までまだ時間があるけど、被害者を確保できるかもしれないからバーナー・ストリートに行きましょう」
「役者のオバちゃんはイーストエンドに詳しくなかったみたいっす。こっちの地理はよくわかんねっすから、道案内よろしくっす」
ふたりは殺人が起きる予定の現場へと歩き出した。地味な女性ものスーツと鮮やかな緑のジャージ。蘭の格好は色合いで言えば溶けこむが、太一は目立ってしょうがない。もっとも、
「それにしても、よくこんな空気の悪いトコに住んでられるっすね」
「住めば都と言うでしょう。公害対策がされるようになるまで、色んな大都市が大気汚染に悩まされてたのよ」
無駄話をしながら、慣れた様子で
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