28:帰還
夜の墓地に静寂がおりる。いや、少年の
あの時、まるでパズルのピースがはまったかのように鶴田は閃いた。いくら霊力を流してもなんの反応も無いパズルボックスは、もしかしたらエネルギーを吸い込む性質を持つのではないだろうかと。
賭けだったが走り出した。惜しむらくは太一と拓矢までたどり着くには時間が足りなかったこと。蘭の前に立ち、パズルボックスを突き出すと、恐るべき光線はその中へと吸い込まれ、切り札を止めることができたのだ。
もっと早く遺物の性質に気付いていれば結果は変わっただろうか。そんな後悔の念にかられる鶴田の手の上で、パズルボックスはボンと音をたてて破裂した。
「吸収できる限界ギリギリだったみたいね」
感情を隠した声で蘭が言う。
「一回目にこれを頼みにしていたら、防ぎきれなかったというわけか」
「だから後悔することはないわ。私たちはそれぞれの役割をまっとうしたの」
ちらりと、泣き続ける少年を見やる。
「奇跡は起こらなかったけど、目的は達成したわ」
「そうだな」
周囲に濃い霧が立ち込める。月虹が広がり、視界を七色に染め上げていく。
ベーカー街の探偵事務所で蘭に問いかける者がいる。
「本当に後悔していないのかな?」
「ええ、仲間の死を悲しむ心はもう失くしてたみたい。自分で自分をだますように、ためらったふりをしてたのよ、冷たい女ね」
「それはどうだろう。まだ涙を流すぐらいの情緒は残っているようだよ? レディの涙に免じて、今日のところは出しゃばるのはやめておこう。探偵が必要になったら呼んでくれ」
シャーロック・ホームズの記憶はふっと存在感を消した。
拓矢は闇の中に浮かんでいた。見ただろう魂の輝きを。サン・ジェルマンも、お前のヒーローも、素晴らしい美しさだった。そう、ジャックが語りかけてくる。
「綺麗だったよ」
嘘偽りない拓矢の本音。
「ジャックは人間を愛しているんだよね?」
もちろんだと応えがある。どうしてだろう、彼女が人を殺す動機を素直に否定できない。拓矢の頭で理解している常識では、そんな歪んだもの、愛ではないはずなのに。
「なんとなく、わかっちゃう気がする。わかっちゃいけないんだけど」
太一が見せたヒーローという
「今の僕は、人を殺してしまいそうだ」
日常に帰るべきではない気がする。うれしそうに肯定する気配。ジャックは拓矢の変化を歓迎している。
「ヒーローになるって約束、太一さんを守れなかったから、僕も破ったことになるんだよね」
最後の言葉を思い出す。
――キミはヒーローっすよ。
散り際の言葉。まるで呪いだ。太一に救われた拓矢はヒーローにならなくてはいけない。
「面倒だけど、僕は帰るよ。日常を壊す敵を殺し尽くさなきゃ。ヒーローになっちゃったからね」
それに――戦い続ければ、また何度でも素晴らしい魂の輝きが見られるはずだ。
東京の裏路地。鶴田はロンドンの幻影を頭から振り払い、かたわらの二人、蘭と拓矢を見た。寝起きのように目が座っている。激戦の中でもさしたる力を使っていなかった鶴田は
先に意識をハッキリさせたのは蘭だった。自分の乾いた頰に手を触れ、嘘つきとつぶやいた。
「大丈夫そうだろうか」
「ええ、私は大丈夫。でも、拓矢くんが心配だわ」
二人で拓矢の顔を覗き込む。やがて、目の焦点が合い、あ、と声をもらす。
「拓矢くん、何を言っても慰めになるかわからないが――」
拓矢が少し離れた地面を指差す。つられて見れば、男が一人倒れていた。サン・ジェルマンだ。少し離れた場所に紫色の本が一冊落ちている。
「太一くんの体は残らなかったのに、面倒な死体があるわね」
「……警察に任せよう。どうせ、身元も死因も不明なんだろう?」
「でしょうね。それより鶴田さん、あの本、遺物だと思うわ。パズルの代わりにもらっていきましょう」
「気は進まないが、身を守る手段が無いというのがどういうことか、思い知ったからね、そうしよう」
ずしりと重い本を拾い上げる。持てば直感的に使い方がわかるのが普通という言葉は本当だったらしい。
「これで、ちゃんとした戦力になれそうだ」
拓矢が意外そうな声をあげる。
「鶴田さんは、これからも
「私はこう見えて正義感から弁護士になったんだ。戦うさ、人々を守るためにね」
拓矢が無邪気に笑う。蘭も鶴田も、その屈託のない笑顔に違和感を覚えた。
「じゃあ、ヒーロー仲間ですね」
「あ、ああ、よろしく頼むよ」
「そんなことより、大丈夫なの? 日常に繋ぎ止める鎖、かなり失くしたんじゃないかしら」
「そうですね、以前とは違う心持ちです。何がどう変わったか、じっくり見定めていきますよ」
こんな大人びた口調で話す少年ではなかったはずだ。さっそくの変化を見つけ、鶴田はあわれみの表情を見られまいと眼鏡を直すふりをした。
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