26:電光石火

 蘭と鶴田が墓地に到着して見たものは、倒れ伏す拓矢と、それをかばってしゃがみこみ、盾で身を守る太一だった。上空の雷球から稲妻が大盾に落ちる。防ぐことはできているようだが、少しでも動こうとすれば電流がほとばしり、その場に釘付けだ。

「ようやく来たようだね、半覚醒者。見ての通りキミたちの仲間は必死に運命に抗っているところだよ。抵抗者を名乗るだけのことはある」

 思わず駆け寄ろうとする二人を太一が止める。その間にも稲妻は轟く。

「それ以上進むとアレの射程内っす! タクヤくんが目を覚ますまで待つっす!」

「ごめんなさい、私……!」

「すまない!」

「どのみち、初見でアレを食らってたらオレ以外全滅っす! 時間差で来てくれて助かったっす!」

 雷鳴に声がさえぎられるため、途中からは念話だ。

「ははは、失われた秘術の再現にまた成功したよ。次はこれの有効活用法を探ろうか」

 雷が止む。しかし、近付けば直撃を受けるかもしれない。

「どうして拓矢くんがここに? 昨日説得したんじゃ……?」

「全員で生きて帰ったら説明するっす」

 全員でという太一の言葉に蘭は驚いた。あきらめていると思っていた。別れの覚悟をしてきた。しかし、どうやら少年が何かを変えたらしい。

「鶴田さん、あの上空の秘術を観測して」

「了解した!」

「太一くん、拓矢くんの状態は?」

「雷撃を受けて、障壁が割れて倒れて頭打ったっす。たトコ軽い脳震盪のうしんとう、目さえ覚ませば秘術の守りでリカバリーきくっす」

 一方、サン・ジェルマンは攻撃の手を止めて上空を見上げていた。

「このままでは発動に時間がかかりすぎて実用性が低い。移動させられないのも問題だ。射程もいまいちだな。さて、どれから解決しよう」

 取るに足らない抵抗者を放置し、複雑な思考をめぐらせる。彼らにトドメを刺さないのは改良した秘術を試す実験体にするためだ。

 明らかな隙を逃さず、蘭が遠距離からの攻撃を試みる。指輪より放たれた光線は覚知者リベレーターの背中に命中するが、なんの痛痒つうようも感じていないようだ。間合いが遠すぎて威力が減衰している。

「うーん……」

 拓矢が目を覚ました。

「まずは秘術の障壁を張り直すっす」

 ハッとして上体を起こしながら拓矢は言われた通り秘術の守りをとり戻す。

「今、ヤツは実験に夢中っす。この間に作戦を練るっす、射程外まで走るっすよ」

 うなづき、体勢を整え、盾を構える太一と足並みを揃えて走った。雷撃が届かないと思われる所までの撤退。サン・ジェルマンは何もしてこない。蘭と鶴田との合流に無事成功した。

「わかったことを伝える」

 雷球を霊視していた鶴田が手短に説明するには、上空の雷光それ自体はサン・ジェルマンの制御下に無いらしい。純粋な電気エネルギーの塊であり、先ほど太一を打っていた雷撃は、例えるならプールに溜まった水を手ですくってかけていたようなものだという。

真似まねできるかと言われれば、少なくとも私にはできない」

「多少無茶すれば、みんなを守りながらサン・ジェルマンに近付くことはできるっす」

「太一さんはもう無茶したら駄目です」

 じっと雷球を見つめていた蘭が口を開く。

「サン・ジェルマンじゃなく、アレに近付くことができれば、力は利用できそうだけど、百メートルは上にあるわね」

「三十階相当を上がる方法なんてねっすよ」

「空を飛ぶ秘術というのは無いのか……」

「大地の龍脈から汲み上げた力を使う性質上、秘術と空を飛ぶことは相性が悪いわ」

 万能に思える秘術の意外な欠点。

「電気の塊、なんですね?」

 拓矢の確認に鶴田がうなづく。

「なんか思いついたっすか?」

「サン・ジェルマンがいるのが真下。あの辺りまで行ければ、僕の電流を操る秘術で雷を落とせるかもしれません」

 言ってから表情を曇らせる。

「かもしれない。確実じゃないです」

「……至近距離まで行ければ、サン・ジェルマンも自身を巻き込むようには雷を落とさないかもしれない」

 鶴田のつぶやきに、拓矢の表情が明るくなる。

「さっき戦ってみた感じ、接近戦は得意じゃなさそうでした。雷をこっちで利用できなくても、近付きさえすれば、できることはあると思います」

「あくまで比較的に得意じゃないだけっすよ」

「他にいい作戦が無いなら僕はやります。太一さん、僕だけを連れて行くなら無茶はしなくてすみますか?」

 少し考えてから太一はうなづいた。

「オレは大丈夫っすけど、タクヤくんが無茶することになるっす。魂のくさび、失くす覚悟はあるっすか?」

「あれを放っておいたら、それ以上のことになると思います。ここで、サン・ジェルマンを止めるための覚悟はできてます」

「わかったっす」

 太一は盾を斜め上に向けて構えた。拓矢がその後ろにつく。

「注意を引けるかわからないけど、サン・ジェルマンの攻撃が始まったら私も援護するわ」

「ありがとうございます。それじゃあ、太一さん、行きましょう」

 二人が駆け出す。その様子を覚知者リベレーターはちらりと確認するが、無視。雷撃は落ちてこない。絶好のチャンスに見えるものの、サン・ジェルマンが拓矢たちを軽んじているだけなのか、罠が用意されているのか、判断がつかない。

 地面から炎が噴き出す秘術は設置されているだろうか。そんな太一の懸念けねんに後方の鶴田が応えてくれる。

「奴の周囲二メートルほどの地面に不自然な霊力溜まり、ぐるりと囲うようにある!」

「場所がわかれば対処できるっす!」

 走りながら太一は前方の地面に小さな火球を放り投げた。編まれた霊力は均衡を崩し、設置者の意図しないタイミングで火柱を発生させる。炎が消滅する瞬間を狙って太一は駆け抜け、すぐさま大盾を光らせた。同時にサン・ジェルマンが片手間に右手を振るう。手の軌道に合わせるように離れた場所、太一と拓矢の通過点が引き裂かれた。空間の断裂は大気を歪ませ、黒板を爪で引っ掻いたような耳障りな音を立てて周囲に無数の見えない斬撃を発生させる。しかし、その暴威は太一の光の膜に防がれた。

 二人はそのまま走りこむことで、手を伸ばせばサン・ジェルマンに届きそうな距離まで迫ることができた。拓矢は上空に向かって拳を突き出す。呼応するかのように雷球がまたたき雷撃が真下、つまりサン・ジェルマンに向けて轟音と共に落下した。障壁を割った手応えを感じる。

「敵に利用されるというのは特大の欠点だ、最優先での改良が必要、と」

 障壁が割られたというのに、気にするそぶりもなく分析を続ける覚知者リベレーターに太一の火球が押し付けられる。だが、張り直された障壁が変わらずにその身を守る。ジャックとの戦いで障壁を立て続けに張り直すという経験をした拓矢は、うろたえることなく雷球からの落雷を再度試みる。太一も爆炎を浴びせ、サン・ジェルマンの体は交互に炎と雷にさらされた。三度目の連携で再び障壁を砕いた手応え。それでも攻撃の手はゆるめない。

「さすがにうるさくてかなわない。思考の邪魔だよ」

 雷撃が拓矢と太一にも落ちる。とっさに光での防御を試みた太一だが、となりの拓矢までカバーするのは間に合わなかった。だが、雷撃を受けたはずの拓矢は平然と立っている。

「閃きました」

 拓矢は手にした剣を雷球の方へ向け、自分へと雷撃を落とす。太一だけではなく、サン・ジェルマンまで何事かとその姿を見る。高圧電流は拓矢に流れ続け、まばゆい輝きが増していく。帯電する拓矢の体からほとばしる稲妻に焼かれないよう、太一は少し離れる必要があったほどだ。

「素晴らしい、柔軟な発想だ。そういう使い方も悪くない」

 サン・ジェルマンは無邪気に称賛の言葉を拓矢に向けた。これからその力を向けられるとわかっているはずなのに、逃げることもせずに隙だらけの拓矢を観察している。

 拓矢は上空の電気エネルギーをすべて自分の体にまとわせるつもりだ。自分の体にどんな影響があるかまでは、きちんと考えていない。攻撃に転用できそうだという予感はあっての行動だが、雷球さえ消せればというのが意図したところ。

 無計画で衝動的な秘術の応用は拓矢の自我を容赦なく削っていく。自分が拓矢なのかジャックなのか、その境界線がどんどん曖昧になっていく。不意に、これ以上は肉体的に無理だと直感した。ジャックによる冷静な判断だろう。雷球から、それ以上エネルギーを奪うことをあきらめた。

 雷球から拓矢への電流が止まる。電力量を大きく失った雷球は球体の形を維持できなくなり、まばゆい閃光とともに大気中に散っていった。そして、代わりにバチバチと帯電し、青白く発光する拓矢が動く。

 サン・ジェルマンは内心、惜しみない称賛と拍手を、二十年も生きていない少年に送っていた。それを直接伝えられないのは猛攻をいなす必要があったからだ。電光の速度で繰り出される斬撃。いかに覚知者リベレーターの障壁であっても棒立ちで受け続ければ危険。三発に一回ほどは空気の壁ではばみ、敵の手数を減らすために風の刃で応戦する。多くの覚知者リベレーターは生きることに執着しゅうちゃくしないため、ほとんど防御行動をとらない。しかし、今のサン・ジェルマンには拓矢を観察するという目的がある。

 拓矢は自分が雷になったかのような思いでいた。自分の体の出すスピードが速すぎる。ジャックの記憶と混ざりあっていなければ、自分の力にただ振り回されていただろう。だが、冷静に、いや冷徹に、サン・ジェルマンに剣を打ち込みながら風の刃をかわし続ける。何回、奴の障壁を破っただろうか。覚知者リベレーターといえど龍脈から一度に汲み上げられる霊力量には限りがある。並の敵だったらもう倒していただろう。いや、倒せる。倒す。ここで倒さなければ実験をやり直される。拓矢はそんな思いで剣を振るい続けた。

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