24:自分の価値
サン・ジェルマンの実験場に一番はじめに到着したのは太一だった。墓地の中央に立ち、空を見上げるサン・ジェルマンの背中を見るや、太一は火球を投射する。爆炎に包まれながら、本を手にした
「まっすぐここに来るとは勤勉だね。そろそろドーセット・ストリートでシャーロック・ホームズ対ジャック・ザ・リッパーという見ごたえのある戦いが始まるというのに」
「興味ねっす」
「ふむ、キミのお仲間もそうかな?」
「実験とやらは時間がかかるみたいっすね、時間稼ぎのためのおしゃべりっすか?」
太一は遺物の大盾を出現させ、一気に距離を詰めようと走り始めた。
「何を焦っているのかな? 仲間の到着を待って力を合わせなければ、私にキミの手は届かないよ」
サン・ジェルマンの持つ本から紫色の光弾が四つ、弧を描いて飛んでくる。盾を迂回して横から当たる軌道だ。太一は舌打ちをして大きく跳び退き、着弾地点ではじけた光の破片を盾の陰でやり過ごす。
「まるで近寄られちゃ困るって言ってるような攻撃っすね」
「まだ実験を開始したばかりだからね、手元が狂うと予定通りの工程が踏めないんだ」
再び光弾が放たれる。太一は加速前進し、一歩でもサン・ジェルマンに近付くことを選んだ。光の破片が背中に当たり、秘術の障壁が削られる。
「なかなか思い切りがいい、が、そういうのは蛮勇と言うんだ」
走る太一の勘が告げる、罠だ。足元に霊力溜まりを感じ、
「いいセンスをしてるね。しかし、こちらは三段構えだ」
サン・ジェルマンが片手を軽く上げると、風が渦巻き、刃となって太一を包み込む。空中での全方位からの斬撃。それを受ける直前、白銀の盾がきらめき、光が太一を覆う。身を守るための秘術の光だ。風の刃を弾きながらの自由落下、着地と同時に地を蹴りサン・ジェルマンに迫る。右手の盾を構えた突進、左手には火球を生み出してある。
「ふむ」
サン・ジェルマンは左手を突き出し、手のひらで盾を止めた。鉄筋コンクリートのビルの壁にでもぶつかったかのような衝撃を感じ、太一はすぐさま盾を引きながら体をひねって左手の火球を敵に押し付ける。サン・ジェルマンが右腕の肘で受け止めたそれは爆発し、手にしていた本と、太一の体をはね飛ばした。
「もう一度聞こうか、何をそんなに焦っているのかな?」
両手のあいたサン・ジェルマンは上空の雷球をちらりと確認してから、再び間合いの離れた太一を観察する。変わった現象を確認した時の研究者の瞳で。
「キミはそれなりに場数を踏んでいるだろう。半覚醒者が一人で我々に敵うわけがないと理解しているはずだ」
自分の起こした爆発で飛ばされた太一は体勢を立て直すと、その言葉に応えた。
「一人だからこそっすよ。オレの命と引き換えに、可能な限りアンタの障壁を削っておくっす」
「わからないね。なんの意味が? キミたちは力を合わせて立ち向かってくるものだと思っていたが……非効率にもほどがある」
首をかしげるサン・ジェルマンに三度目の突撃をしようと太一は構えた。が、背後からかけられた声に動きを止める。
「太一さん!」
駆ける拓矢。足に稲妻をまとわせ、神速で距離を詰めてくる。振り返ってその姿を確認した太一は、ばつの悪そうな表情を浮かべて無謀な突進をやめた。やけに早かったすね、と小さくつぶやく。
「蘭さんと鶴田さんはどうしたんですか!」
太一のとなりに駆け寄り、サン・ジェルマンを睨みつけながら、拓矢は状況確認の問いを発する。
「これから来るっす」
「じゃあ、急ぐ必要があるってことですね?」
上空の雷球をまぶしそうに見上げた拓矢にサン・ジェルマンが不思議そうに語りかける。
「いや? ブラフでもなんでもなく、まだ実験は始まったばかりだ。その半覚醒者が何をしたかったのか、私も理解に苦しんでいる。なんと言ったか、そうだ、一人だから命と引き換えに私の障壁を削っておきたいようなことを言っていたね」
「よけいなコト言うんじゃねっす」
サン・ジェルマンには意味不明な行動だったかもしれないが、拓矢は理解した。太一は拓矢が来ることを確信し、合流する前に死のうとしていたに違いない。
「約束、破ろうとしましたね」
「目の前で死なないってのが約束っす」
「焼き肉に行くのも約束しました」
「意外と強情なトコあるっすね」
たしかに約束をした。蘭と鶴田と四人で祝勝会だと、自分の意志で言った。ならば、もう迷うまい。どんな結果になるとしても、ヒーローになれるよう可能な限りの努力をしよう。
「降参っす、ランさんとツルタさんが来るまで、適度に実験の邪魔だけするっすよ」
「はい!」
やり取りを聞いていたサン・ジェルマンが呆れた顔をする。
「こういうのを、ナメられていると表現するんだったか。おかしいな、私はそんなに
はっと太一が笑う。
「大抵の覚知者は観察なんてしてないでトドメ刺しにくるっすよ」
言いながら火球を投射する。サン・ジェルマンが爆炎に包まれるが、押し付けた時よりも障壁へのダメージは少ないだろう。涼しい顔で立っていることに、拓矢が驚きの声を上げる。
「今の、効いてないんですか?」
「
サン・ジェルマンが愉快そうに微笑む。
「簡単そうに言ってくれるじゃないか」
風が吹く。風は砂をまき上げ旋回、砂を含んだことで、より殺傷力の高い刃となって太一と拓矢を襲う。まばゆい光と琥珀色の壁でそれぞれ攻撃を耐えしのぐと、太一が盾を構えて突進する姿勢を見せた。
「オレの後ろに隠れて奇襲をかけるっす」
短い念話での打ち合わせ。再び風が渦を巻く。刃の中を駆け抜け、太一が唐突に立ち止まる。
「同じ手は食わねっす」
大盾のすぐ正面で火柱が立ちのぼった。炎の消滅に合わせて再接近する太一に向けて、サン・ジェルマンは手から光の鎖を伸ばす。ビームのように放たれたそれを盾ではじき飛ばしたが、鎖はヘビのように向きを変えて太一の側面へ。大盾を振り抜いたことで体勢を崩していたが、そのままサン・ジェルマンに向けて走る。
太一を追い越して駆け抜ける拓矢の剣によって光の鎖ははじかれた。稲妻のごとき神速は一息に敵へと肉薄し、剣を一閃、秘術の障壁を打ってすぐさま後方へ離れる。距離を取る拓矢に光鎖が巻き付こうと回り込む隙に、太一がサン・ジェルマンに再び火球を押し当てた。爆発の衝撃。間一髪、跳躍で鎖を避けた拓矢の視界に盾で爆炎を防いだ太一の姿が映る。
「良い連携だ、即席にしては上出来だね」
微笑みを浮かべるサン・ジェルマンは鎖を回収すると、自分を中心に空間を震わせる波を発した。盾を構えたままの太一が地面に跡を刻みながら大きく押し返される。
「やっぱ二人じゃ一気に削りきるのはまずムリっすね」
「間合いを詰めるのが難しいです、ある程度離れて戦いませんか?」
「そっすね、ランさんたちが来るまでは、火力が落ちても遠距離戦でいってみるっす」
太一も拓矢も得意なのはインファイト。しかし、接近を拒むサン・ジェルマンを相手にそれを強行し続けるにはサポートが必要だ。
間合いを広く取った二人を見て
「悪い手だよ半覚醒者、その距離は私の得意な射程だ」
「タクヤくん、下っす!」
かすかな振動の後、地面からとがった岩が突き出る。紙一重の差で後ろへ退いた拓矢と、盾で防いで押し返される太一。墓石を押し退けて隆起した岩が崩れ去ると同時にサン・ジェルマンの両手から、それぞれ火球が放たれた。一方は太一の盾に当たり、爆破の衝撃でさらに後ろへと押しやる。拓矢はもう一方を最小限の動きで避けようとした。体の横を通過していくはずだったそれは、予想に反してすぐ近くで爆発し、小柄な体を吹き飛ばす。
墓標にぶつかった拓矢は障壁を張り直しながら、すみやかに立ち上がった。
「サン・ジェルマンの悪い癖って言葉の意味がわかりました」
「ほう、キミの感想をぜひ聞いてみたい」
にこりと微笑む覚知者は本当に興味を引かれているのか、攻撃の手を止める。
「追撃できるタイミングで攻撃の手を緩めるのは、僕たちをまだ倒す気がないからでしょう?」
サン・ジェルマンは学生の答えを称賛する教師のように拓矢へ拍手を送る。
「その通りだ。実験の結果をキミたちにも見せたくてね。殺そうと思えばいつでもできる」
サン・ジェルマンが芝居がかった動きで指を鳴らすと、拓矢のすぐ隣で空気が圧縮される。少年は雷光をまとってすぐにそこから離れた。凝縮された空気は破裂し、周囲の空間をズタズタに切り裂く。石の墓標が耐えきれず砕け散った。
「あの慢心だけがヤツを倒す隙っす」
太一の言葉に拓矢はこくりとうなづきで応答。うっすら浮かぶジャックの記憶のおかげで理解できる。サン・ジェルマンは
「そろそろ実験を次の段階に進めたいのだが、観客が揃わないね。あの二人はこの時代という舞台に魅入られてしまったようだ」
蘭と鶴田は記憶に飲まれ、ホームズとジャックの戦いに気を取られているのだろうか。
「キミたちは抵抗者と名乗っているんだったね。興味深いよ、観察対象としての価値がある」
「自分の価値は自分で決めるっす」
「ははは、他者に認められて初めて価値というものは生まれる。誰も欲しがらない商品に値段は付かないだろう?」
拓矢がサン・ジェルマンを睨みつける。人を物のように扱う
「じゃあ、一人でも価値を認めたら、それでいいっすね? オレはタクヤくんのヒーローらしいっすから、高額商品っすよ」
「太一さん……」
殺意の衝動がいくぶんマシになった。こうやって言い返せるだけのメンタルを養わなくては敵のペースに乗せられてしまいそうだ。
「よろしい、合格点をあげよう。観客はキミたちだけでかまわない、実験を続けようか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます