10:抵抗者たち
太一は霊感にピンとくるものがあって後ろを振り向いた。
「お、ランさん、新人くん来たみたいっすよ」
「さすが、直感では勝てないわね」
蘭も振り返る。イーストエンドの雑踏を、自転車より速く走る少年が向かってきた。少年は自分の出している速度にとまどっているようで、太一たちにぶつかるまいと、あわてて止まろうとつんのめった。
「やっぱ、まだ秘術の扱いに慣れてねっすね」
太一は少年をささええてやり、人
「よっす、先生から聞いてるっす。有望な新人って言ってたっすよ」
だが、少年は困惑する。
「先生……?」
「ん? ほら、くせっ毛の、しゃべりが独特な女っすよ」
知らないと言いたげに首を横に振る少年。
「え? じゃあ、なんで俺らがわかったっすか?」
「えっと、この時代に緑のジャージなんて、絶対に僕と同じだと思ったから……」
この時代に緑のジャージというフレーズがツボに入ったらしい蘭が笑いをこらえながら口を開く。
「太一くん、おんなじ、ジャージ、何着も持ってて、毎日、着てるから、まさか、それが役に、立つなんて」
緑の背中をバンバンと叩く。
「痛ぇっすよランさん。オレだって前はオシャレしてたんす。だけど失くしちゃったんすよ、そういう感覚」
「ごめんなさい、知ってるわ、でも、なんか、おかしくて」
少年は目を丸くした。不安に
「はぁー、笑った! ごめんなさいね、それで、あなたは
「ヴィジョンっていうのは、このロンドンのことですか? さっき前世の記憶じゃないって言われたんですが」
蘭と太一は真面目な表情で目くばせをしあった。
「前世の記憶じゃないのはその通り。だけど、それ誰に聞いたの? キザなスーツ着た西洋人?」
「いえ、眼鏡をかけた日本人のおじさんです」
他にも関係者がいるのかと困惑しながら、少年は答える。
「そっちが新人ぽいすね、そのオッサンとはどこで会ったっすか?」
「今、こっちに向かってます」
そう言って少年は振り返る。三人が目をこらすと、ワイシャツで眼鏡の男性が、ぶかぶかのジャケットを羽織った女性をお姫様抱っこして走ってくるのが見えた。蘭がまた、笑いに耐えかねて吹き出す。
不安そうな顔をした小柄な少年、拓矢。笑いをこらえている目つきの鋭い女性、蘭。だらしのない風貌の緑ジャージの青年、太一。くたびれた眼鏡の中年男性、鶴田。きょろきょろと周囲に興味津々の女性、真坂。五人のうち男性三人が、同時に「あの」と口を開く。
「あ、どうぞ」
「先どうぞ」
「んじゃ、遠慮なく聞かせてもらうっす。自分のモノじゃない、誰かの記憶がある人は挙手っす」
真坂以外が手を上げ、彼女は、えっえっとその場の面々の顔を見比べる。
「じゃあ、その誰かが何者か言ってほしいっす。オレはリディア・トンプソンって役者のオバちゃんす」
「私はシャーロック・ホームズね」
続いて蘭が答え、鶴田に視線を送る。
「エドワード・バダムという刑事だ。シャーロック・ホームズ……?」
「質問はあとっす。少年は?」
「えっと……名前はわかんないんですけど、この時代のロンドンのどこかに住んでたはずです」
殺人鬼ですとは言えず、拓矢は内心ヒヤヒヤしながら答えた。
「名前わかんないとか、よくあるから心配しなくてもいっすよ。んで、アンタは一般人っすね」
むっとした真坂が胸を張る。
「なんか知らないけど、一般人代表、真坂美季です!」
「元気でいいっすね、オレは九品仏太一。こっちは」
「経堂蘭よ」
一拍置いて、鶴田が名乗る。
「鶴田数利」
焦りながら拓矢も名乗る。
「は、葉山、拓矢、です!」
「鶴田さんに拓矢くんね。先生と会ってるのは鶴田さんで間違いないかしら」
「ええ、昨日。ただ、まだまだ伝えるべきことはあるように言っていた」
「でも、ふたりとも秘術は使えてるっすね、戦力確保っす。四人ならいけるっすね」
「戦力?」
拓矢が目を丸くする。
「いきなりで混乱すると思うけど、サン・ジェルマン伯爵っていう悪いやつが、東京に災害を起こそうとしてるの。家族や友達を守りたければ協力して」
鶴田は蘭の物言いにカチンと来るものがあった。
「経堂さん、だったね。家族や友達を守りたければだなんて、人質をとって子供に戦わせるようなまねは感心できない」
表情を固くする蘭を手で制して太一がフォローを入れる。
「抵抗者に大人も子供もねっすよ。戦わないと死ぬっす。んで、うまいことやらないと無関係な人たちも死ぬっす。最悪、存在自体なかったことにされるっす」
「存在自体なかったことになる?」
真坂が食いついた。
「私のお姉ちゃんみたいに……?」
「や、まったく無関係な一般人でもなかったっすか。そうっす、
「あの! ヴィジョンってなんですか!」
拓矢が勇気を振りしぼって質問する。
「あー、じゃあ軽く説明するっす」
先生が鶴田にしたような説明を太一はざっくりと話した。
「つまり、
「秘術……超能力みたいなもの、なんですね。でも、僕に戦いなんて」
「なんか、いつの間にか持ってたアクセサリーとか無いっすか? ポケットの中とか、カバンの奥とか」
「あ、あります」
拓矢が
「なんだこのネジは……?」
「変わったモン持ってるっすね。んじゃふたりとも、オレのマネしてみるっす」
太一は小さな銀色の十字架をポケットから出して、よく見えるようにかかげる。
「慣れるまでは、なんか掛け声とかあると感覚つかみやすいっすね、ホイ!」
気の抜けた掛け声と共に、太一の右手には、いつの間にか体をすっぽり隠すほど大きな盾が構えられていた。白銀の鏡のように磨き上げられた盾の脇からひょいと顔を出し、やってみるっす、と二人にもうながす。
「やってみるって……」
とまどう拓矢に対して、鶴田はネジに霊力を流してみる。手のひらの上のそれは、白黒のルービックキューブのような立方体に変わった。
「なるほど? 拓矢くん。地球と自分が繋がってるイメージを持つんだ。すると体に霊力が流れ込む。それを指輪に流してみてくれ」
「鶴田さん、感覚を説明するのうまいっすね」
「太一くんが適当すぎるのよ」
拓矢は深呼吸をし、言われた通り足元に意識を集中した。蛇口をひねった水道管のように、大地から何かのエネルギーがかけ登ってくる。そのエネルギーを手のひらの指輪に向けるイメージを思い描く。次の瞬間、ずしりとした重量を感じて、あわてて手を握りこんだ。妙にしっくりくる
「わ、すごい! いいなーカッコいい!」
真坂が拍手をする。
「ちなみに、私のは指輪のまま形は変わらないわ」
蘭は右手の中指にきらめく銀の指輪を見せた。
「これをオレらは遺物と呼んでるっす。超古代文明のなんからしいっすけど、正直よくわかんねっす。でも仕組みがわからないのは秘術も一緒っす。使えるモンは使うしかねっすよ」
「この剣で……人と戦うんですか?」
青ざめた表情を浮かべる拓矢。
「
鶴田がひかえめに手を上げる。
「あー、すまない。話の流れでいくと、これは武器なのだろうが……どうやって使うんだ?」
パズルボックスを困惑の表情で見つめた。
「わかんねっす。ぬいぐるみとか本とか見たことあるっすけど……いざとなったら閃くんじゃねっすかね」
「そうか……霊力を流し込んでみても、ただただ流れていくだけのような、なんの手応えもない」
「持ち主でも直感的に使い方がわからないってめずらしいわね、レア物かもしれないわ」
そういうものなのかとあきらめたように鶴田はつぶやいた。
「さて、一部ナゾっすけど武器も手に入ったことっす。あやしい場所に向かうっすよ」
「今日は九月二十九日。切り裂きジャック事件の三件目と四件目が起こる日よ」
切り裂きジャックという単語に鶴田が表情を引きしめ、拓矢が顔色を悪くする。
「あの、もし過去の自分……じゃないんでしたっけ、記憶の人物と会っちゃったら、タイムパラドックスみたいなこと大丈夫なんですか?」
「問題ねっす。
「慣れてる私たちでも記憶に飲まれるから、様子がおかしいと思ったら声かけをお願い。引っ叩いてもいいわ」
わくわくとした表情で黙って聞いていた真坂が元気よく挙手する。
「質問!」
「なんすか?」
「様子がおかしかったら呼びかける以外に私ができること、ありますか!」
「戦いになったら隠れていてちょうだい。あなたを守っていられるほど余裕は無いと思うから」
「ひぇ、了解です!」
「うん、素直でよろしいっす。自分の身を守ること第一で頼むっすよ。んじゃ出発!」
徐々に薄暗くなる夕刻のロンドン。抵抗者たちは事件が起こるはずの現場へと向かう。
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