ビールとハツとモツ煮込み

十余一

ビールとハツとモツ煮込み

「とりあえずビール二つ。あと焼き鳥のももネギと三角ぼんじりね」

 天狗の彼は席に着くなりサッと注文し、正面に座るボクへ「お前は?」と言いたげな視線を寄こした。

「えっと、冷やしトマトと……、ハツの鉄板焼き、お願いします」

 目が痛くなるようなビビットカラーのメニュー表。それを指差しながら注文すると、猫又の店員は気怠そうに復唱してから厨房へと戻っていった。

 裂けた尾を見送ると、他愛もない雑談が始まる。

 居酒屋の狭い席に彼の大きな羽根は窮屈そうだが、さして気にする様子もなく滔々とうとうと喋る。職場でインフルエンザが流行して人手不足が深刻だとか、最近付き合い始めた彼女との惚気話とか、先日見た舞台の感想とか。

 注文したものが運ばれてきても、その勢いは変わらない。むしろアルコールが入ったことにより彼はいっそう上機嫌にクチバシを鳴らす。ボクは相づちを打ち、ジョッキに注がれたビールと喉に流しこみ、合間にトマトをつまむ。

 ふと、焼き鳥を食べる彼を見て疑問が湧いた。 

「それ、共食いにならないの?」

 ボクの問いに彼は苦虫を噛み潰したような、豆鉄砲をくらったような、油揚げをさらわれたような、複雑な表情を浮かべる。どういう感情?

 黒いクチバシから長い、本当に長いため息が漏れた。そして彼は呆れを含む物言いで、

「お前も人間食べるじゃん」

 と、ボクの目の前に置かれた心臓ハツの鉄板焼きを指差す。握りこぶし大の心臓が熱せられた鉄板の上に鎮座していた。新鮮な血がしたたっていたであろうそれには今、ワサビ醤油が流れる。

「鬼と人間は全然違う生き物だよ」

「そういうこと」

 天狗と鶏も全然違うと言外に言いたいのだろう。したり顔の彼は食べ終えた焼き鳥の串を皿に戻す。からんと軽い音がした。

 数多の種族がいる妖怪は、他種族についての認識が少しばかり曖昧だ。だから、こうして今日も居酒屋で異種族間交流と相互理解が進む。

 ボクはもうしばし彼の話に耳を傾けようと、追加でモツ煮込みを注文した。

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