明日のために今日も一口

芳乃 玖志

トリの一口

「お客様、食の最後を飾るのは何もデザートだけではないんですよ」


 そう言って、その料亭で最後に出されたのはキュウリと蒸し鶏の酢和えだった。


「この料理の名前を聞いても?」


「はい。シメならぬトリとしての一品、『トリ和え酢あえず』でございます」


「中々にシャレの利いた名前だね」


「ありがとうございます」


 さて、こちらの皮肉が通じたのかどうか。礼を言われてしまった。

 もっともそれ自体は問題ではない。真に問題なのは、通常は前菜として出てくる和え酢料理がトリに出てきたことだ。

 前菜に出てくるものである以上、本来は食欲を掻き立てるものであるのだが、そんなものを食後に出すとはどういう了見か。

 店主の真意を掴みかねながらも、ひとまずは一口食べてみることにする。


「むっ、これは……」


 美味い。料亭の店主が自ら自信を持って出してきただけあって、新鮮なキュウリのみずみずしさと酢の酸味、蒸し鶏の素朴だがしっかりとした主張が絡み合って確かな味のハーモニーを奏でている。

 だがそれだけではない、それらの味わいの奥に確かに感じるこのは……!


「こちら、すし酢で作った和え酢料理でございます」


「なるほど、すし酢か」


 さっぱりとしながらも甘さのあるすし酢によって口の中が洗われて、今までの料理の後味がリセットされつつも確かな満足感を残す、丁度よい味わいになっている。

 これは、確かに料理の大トリに相応しい一皿だ。


「いや、今日のコースは大変満足だった。だが一ついいかな?何故わざわざデザートではなくトリに一品を出したんだ?」


「お客様が電話越しに健康診断の結果が芳しくないと仰っていたので、差出がましいとは思いましたが、より健康に良い一品をと」


「そこまで考えてくださったのか……」


 素晴らしい気づかいだ。またこの店に来るとしよう。


※なお実際に作ったことはないのでこの料理が美味しいかどうかは保証しかねます。実際に作って不味くても責任は取りませんので自己責任で。

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明日のために今日も一口 芳乃 玖志 @yoshinokushi

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