雨の日
ロッドユール
雨の日
休みの日、部屋で雨の音を聞くのが僕は好きだった。
そう、彼女と会う日は、いつも雨だった――。
週に一度、日曜の夜。それが僕たちの唯一会える日だった。
図書館の司書をしてる僕は、日曜日でが仕事で、月曜日が休みだった。病院の事務職をしている彼女は日曜日が休みで、いつも赤い傘をさして、仕事終わりの僕を待っていた。
「雨は好きだけど、濡れるのは嫌い」
だから、彼女の赤い傘は、彼女の体とは不釣り合いに大きかった。
「今日はどうする?」
「いつものところでいいわ」
僕たちはいつも行く洋食レストラン「まつぼっくり」に行った。通りに面して立つ、赤いレンガの古風で小さなお店だった。
彼女が最初に見つけ、名前がかわいいとなんとなく入ったお店だった。それがいつしか、ここは僕たちのお店になっていた。
僕たちはいつもの窓際の席に座る。すぐ横に面した大きなガラス窓から通りが見える。
「雨ね」
「うん」
僕たちは雨の中を通り過ぎる街の人々を見つめた。
そこにはモノクロの無声映画のような世界があった。人や車が忙しく行き交い、流れ、踊っていた。
「・・・」
僕たちはそれをなんとなしに無言で見つめた。不思議とそんな時間が心地よかった。
温かい料理が僕たちの前に並ぶ。僕はいつものエビフライのついたハンバーグステーキ、彼女はグラタンだった。二人ともそれにいつもコンソメの野菜スープをつけた。
外は雨。外にいる人たちはみんな大変なのに、自分たちはぬくぬくと安穏な屋根の下に守られている。そして、そこでこんな温かい料理を食べている。そのことに、僕たちはなんだか堪らなく贅沢な気分になる。
「幸せ」という言葉がなくても、そこには幸せがあった。物理的な温かさとは違う温かさがあった。
僕たちは、この時、キャンバスいっぱいに絵に描けるほど、はっきりと幸せだった。
今日は彼女の部屋。
「なんだかいつも雨だね」
今日も雨だった。
「私、雨の日好きよ」
そう言って、彼女は、窓の外の雨を見つめた。
「・・・」
何もない時間。静かな部屋に雨音だけが響く。なんだか僕も、そんな雰囲気が心地よくなってくる。
「明日も雨かしら」
「そうだね」
雨は、何かの義務でもあるみたいに、安定して淡々と降り続いている。彼女は明日仕事。僕は休みだった。
彼女が突然、おもむろに立ち上がると、ワインのボトルとグラスを二つを持って来た。
「雨には赤ワインだわ」
「そうなの?」
「うん、なんかね」
「へぇ~」
彼女の感性はよく分からなかったが、でも、なんだか、その時は僕もそんな気がした。
「このチーズおいしいわよ」
彼女はチーズも持って来た。
「うん」
チーズを片手に僕たちは赤ワインを飲んだ。
そこに、彼女の飼い猫のマルがもそもそとやって来た。そして、その少し丸く太った体をしきりと僕たちにこすりつけてくる。
「猫は雨が降ると、甘えん坊になるの」
「本当かい?」
「本当よ。私はいつも観察しているの。論文だって書けるわ」
彼女はいつになくむきになる。
「本当かい?」
僕はもう一度言って笑った。彼女は少しむくれていた。
雨の日にするキスは少し湿り気が増している気がした。だから、お互いを熱くする。
「ねえ、覚えてる?」
「何を?」
「私たちが出会った日も雨だったわ」
「そうだったったけ」
「そうよ」
僕は全然覚えていなかった。出会った場所は、僕の勤める図書館と、彼女の勤める病院の丁度中間の距離にある場所だった。それだけは、はっきりと覚えていた。
ピカッ、ドカーン、ゴロゴロゴロ
突然、目の前が光ったかと思うと、ものすごい、空全体が爆発したみたいな雷鳴が世界全体に轟き渡る。
「きゃっ」
彼女は両耳を両手で塞ぎ、体を縮こませる。僕はそんな彼女を抱きしめる。
「雨は好きだけど、雷は嫌い」
そんな彼女に、僕は笑ってしまった。
「雷なんて、攻撃的過ぎるわ」
彼女は、僕の胸の中で少し怒っていた。
「そうだね」
そして、僕たちは、次の雷鳴がやって来る間に、もう一度キスをした。
僕たちが別れた日も、雨だった――。
今でも雨が降ると、時々、彼女を思い出す。そして、少し切なくなる。でも、今でも雨の日は好きだった。
雨の日 ロッドユール @rod0yuuru
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