陰謀論の話

星見守灯也

陰謀論の話

 震災で息子を失った。


 いや、死んだわけじゃない。それどころか俺たちは被災者ですらない。

 被災した人にとっては不謹慎な言い方かもしれないが、それでもそう思ってしまった。




 ある年のある日、震災があった。

 一夜あけて見た被災地は酷い有様だった。ここにだって俺と同じように普通に暮らしていた人がいただろうに。どうしてこんなことになってしまったのだろう。それなのに俺は何もできなくて、こんなにも無力で、いつも通りの朝食をとっている。


「救助が遅いんじゃないか。政府は何してるんだ」

「しかたないだろ、道も崩れちゃったんだから」


 何気なく言った言葉を、息子がさえぎる。


「そうかもしれんけど……」

「そんなこと言ってないで、募金でもしてくれば?」


 そっけない息子の言葉に、一度はそうだなと納得する。でも、どうにも震災の映像を飲み込みきれなくて、とても落ち着いていられなかった。そわそわとしてネットを開く。

 政府の対応が遅いという言葉が目に入る。やっぱりそうだ。同じことを思っている人がいた。俺はほっとしてスクロールする。


 そして目に入った。「人工地震」。「政府が人工的に地震を起こした」と。


 俺は気づいてしまった。この震災は政府が人工的に起こした地震だったのだと。であれば筋が通る。政府が支援を出し渋っているのは当然だ。人工的に地震を起こして人口を減らそうとしていたのだ!


 俺は怒った。義憤にかられた。こんなことは許せないと思った。




 俺はずっと騙されてたんだ。帰ってきた息子に、口早にそれを教えてやる。


「バカじゃないの? こんな大きい地震、どれだけのエネルギーが必要だかわかってる? それに、もうとっくに自衛隊が出動してるんだよ。そんなの信じるなんて父さん、どうかしちゃったの?」


 息子はバカにするようにそれを否定した。

 俺は突き放されたような気持ちになって、そして考えた。これは政府の起こした地震で陰謀なのだ。息子たちは政府に洗脳されているのだ。俺は正しい事実を知っている。だから、みんなに教えてやらなければならない。




「もう、父さんには付き合いきれない。育ててくれたのは感謝してる」


 五年たって、大学を卒業するなり息子は出て行った。行く先も言わずに。

 家でずっと陰謀論を話していることも、そういうサイトばかり見ていることも、なんとか缶という政府の介入を防ぐ缶を買って部屋に置いていたことも、通っていた高校に張り紙をしにいったことも、全部嫌だったそうだ。


 どうしてわかってくれないんだ。理解されないのは政府に洗脳されているからだ。息子が出て行ったのも、政府の陰謀だ。俺が、俺だけが真実を知っていて、政府に対抗している。ここで負けるわけにはいかない。ネットの向こうの仲間たちよ、必ずや真相を暴き、俺たちの自由政府を打ち立てて見せよう!




 それから数年。偶然会った人が、あの震災にボランティアに行ったのだと話し始めた。


 その人は「震災にあった人はもちろん、今でも大変なんですけど、でも、遠くから見ているしかできない人もつらかったですよね」と言った。「誰かが大変なのに、何もできないって無力感は苦しいです」、「自分だけ普段通りの生活ができていることが悪いように思ってしまいます」。


 彼女は、ボランティアとして活動したのに、そんなことを言った。彼女のように「ちゃんと誰かのために何かしようとした」人が。


 俺は、泣いていた。

 震災のニュースで受けた痛みに、はじめて優しく触れられた気がした。


 俺が陰謀論にのめり込んだのは、何もできなかった自分から目を逸らすためだった。人のために怒っているんだ、正しいことのために戦っているんだと思うことで、何かの役に立ってるつもりでいた。無力感と罪悪感から逃れたかったのだ。


「何のためにこんな災害が……って考えちゃいますよね。でも、ほんとは人間のための意味なんてないんでしょうね」


 そうだ。そこに意味がないと思いたくなかったからこそ、意味を見つけようとした。いつ起こるかわからない自然災害はやるせないものだけど、人が起こしたと思えばちゃんとした理由があって悪者がいることになる。それなら納得できたから。


 俺は、俺が信じてきたものが崩れていくのを感じた。俺はただ、震災のニュースを見ているのがつらくて仕方なくて、何もできないのが苦しくて、誰かに「そうだね、つらいね」って言って欲しかっただけなんだ。それだけだったはずなのに。




 陰謀論の本も缶も捨てた。でも、息子は帰ってこなかった。


 震災のせいで息子を失った。本当は違う。でも、震災がなければ今でも普通の親子でいられたんじゃないだろうかという思いは消えない。

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陰謀論の話 星見守灯也 @hoshimi_motoya

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