第5話
「──ムラ、アヤムラ」
座標入力、索敵開始。
反応ナシ。
「おい、聞こえてるか? アヤムラ」
座標入力、索敵開始。
反応ナシ。
座標入力、索敵開始──
「おい! ハルノ・アヤムラ! 聞きなさい!」
「っはいっ!? す、すみません! シャロン隊長!」
ハルノの肩を強くつかんで揺さぶった女性は、はあ、と大きくため息をつく。
集中していたハルノは勢いよく立ち上がって、背後の女性に深々と頭を下げた。
「つくづく思うが、アヤムラ、お前にはやはり捜査部隊が向いているな」
呆れた顔をしながらも、ダフネに相談してよかった、と肩をすくめる女性はベリーショートで、口元に傷があった。
ハルノを見下ろす目つきは鋭く、まるで鷹のような雰囲気を感じさせる。
彼女はハルノの所属する捜査部隊の隊長であるシャロンだった。
実家から絵本を持って帰ってきたハルノが向かったのは、捜査部隊の実習。
配属されたばかりのハルノには、学ぶことがたくさんある。
先輩たちに教えを請いながら、小さな任務をこなしていく日々が続いていた。
まだ入って日にちも浅い彼女は、ついていくだけで精いっぱいだ。
「向いてるんですかね、私……まだ、あまり実感が持てないんですが……」
シャロンに褒められて、ハルノは頭を掻きながら答える。
正直なところ、うまくいかないことが多いが、やりがいはあると感じていた。
レディと話したおかげだろうか、仕事に打ち込むことができている。
「感情的ではあるが、一方で冷静に分析できる頭を持っている。今の戦闘部隊の若いのにも見習ってほしいもんだよ」
シャロンは近くの空いている椅子に深く腰掛ける。
「最近のヒーローはダメだな。攻撃ができればなんでもいいと思ってるワンマンプレイヤーばっかりだ」
「はあ」
画面一面に流れる、ほかのヒーローたちの戦闘時の映像を見まわしながらシャロンは再びため息をつく。
シャロンはもともと戦闘部隊で、怪我を機に捜査部隊へと移った、というのは有名な話だった。
かつてはレディ・エリュテイアとも肩を並べて戦ったこともあるという経歴は、正直ハルノにとっては羨ましくもある。
「ふん、一丁前に一人でやるってでかい口を叩くくらいなら、エリュテイアぐらい強くなってから言ってほしいもんだ」
「やっぱり隊長の目から見てもレディは強いんですか?」
「強い? あれはそんな次元じゃないだろ、化け物だ化け物。あんな生き物が二人といてたまるか」
「化け物って……」
あまりの言い方にハルノは少し眉を顰めるが、シャロンは気にした様子はない。
ハルノは机の上においたスマホをちらりと見て、すぐに目を離す。
──レディに連絡するのを、ハルノは躊躇っていた。
本当ならば絵本を見つけたことをすぐにでも連絡すべきであったが、ちょうどその時にレディが大型任務を遂行しているというニュースが流れたのだ。
任務の詳しい内容は報道されていないが、大型の怪物の殲滅に向かったという知らせを聞いて、そんな大切な時に連絡すべきではないとハルノは考えたからだ。
せめて任務が終わってから、と考えているうちに、レディに逢ってから時間が経ってしまった。
いつ任務が終わるかもわからない、そんな中でハルノは彼女の帰還を待ち続けている。
「正直に言えば、あれは強過ぎる。他のヒーローが育たねえ」
「強すぎるのは、いけないんですか?」
ハルノは首を傾げる。
ハルノからしてみれば、それがどうしていけないことなのかがよくわからなかったのだ。
目標が高すぎることは、たしかに挫けてしまう要因にはなるだろう。
けれども、世界中に彼女に憧れてヒーローを目指す人々がいる中、そこまで言われるほどかと言われたら疑問を抱く。
「だって、何もかもそいつに全部任せようってなるだろ。そいつが全部なんとかしてくれるんだから。他に力を入れる必要性がなくなる」
「……」
「今回レディに行かせた任務もそうだ。この任務の編成についてお前は見てみたか?」
「確か、レディと、ベテランのヒーローが数名……」
「それを見てどう思った?」
「いつも、レディの任務は人が少ないですが……かなり大きな作戦だと聞きましたが、こんな小規模編成で行くのかなと……」
「そうだ。あの人数でやる任務じゃねえんだよ、索敵も殲滅も全部レディ任せの力技だぞ。そのほうが資金も浮くっていう魂胆が見え見えだ。」
「え、そ、そんな……!」
ハルノは呆然とした。。
確かに、レディの任務は単独任務がほとんどを占める。
レディが誰よりも強いからこそ任せられているのだとまるで自分のことのように喜んだことはあれど、ハルノはそれを気にしたことはなかったし、その意図を気にすることはなかった。
それが、シャロンの言う通り本当に資金削減だのという目的のためだとしたら、と考えると、今まで考えていたハルノの考えもまるっきり変わる。
「まあ、レディ自身が一番それをわかりきってはいるだろうけどな」
シャロンはこの話はこれで終わりだとばかりに、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
そして、その話を聞いてなんともいえない気持ちになっているハルノの手に、数枚の書類を握らせた。
「少し早いが、アヤムラには実際に現場に出てもらおう。何、最初から新人に死闘を極めるような場所に出てもらうわけじゃない。数人がかりでサポートするから頑張りなさい」
シャロンはそう言うとその場を去っていく。
彼女の着ているジャケットが靡いている背中を見送ってから、ハルノは書類に目を落とした。
そこには、次回以降参加する任務の詳細が記されている。
それは、ハルノが本格的に捜査部隊に参加する合図のようなものだった。
──もし、私がここで活躍したら。
ハルノは、書類の文字をなぞる。
昔は、違う形で考えていたことだ。
──レディを助けることができるのかな。
本当であれば、自分がヒーローになって彼女と一緒に肩を並べたいと、ハルノは考えていた。
けれども、ハルノにはもっと自分のできる範囲でできることがあるとわかった。
だからこの道を選んだのだ。
ならば、ハルノが新たに選んだこの道で、かつて目指した道を進んでいくことはできないだろうかと思ったのだ。
強すぎると言われた彼女は、毎回、どんな気持ちで任務に向かっているのだろう。
もし叶うのであれば。
少しでも、そんな彼女を理解したいと、ハルノは考えている。
昔であれば、追いかけたい、肩を並べたい。それだけだっただろう。
けれども、今のハルノの考えは少し違う。
もしそれが彼女にとって辛いことなのであれば、少しでも自分がサポートできる存在になれないかと、ハルノは思ったのだ。
──一人より、二人の方が、きっと大変さは減るだろうから。
ぶぶぶ、とハルノのスマホが振動して、ハルノは顔をあげて、スマホを懐から取り出す。
その画面には「ダフネ」という文字が浮かんでいる。
いつもメッセージばかり送ってくるダフネが電話をしてくるのは珍しいことだった。
少々驚きながらもハルノは電話をとる。
「もしもし、ハルノか?」
「ダフネ博士? どうしたんですか?」
「……今、どこにいる?」
ハルノの返事に、ダフネは真剣な声で問いかける。
いつもとは異なるその様子に、博士、とハルノが再び声をかけたとき、「速報です」というニュースキャスターの声がハルノの耳に響く。
思わずハルノがスマホを耳に当てたまま、視線をそちらにむけると、受付にある大きなモニターに大きくその文字は映っていた。
「たった今入った情報です。世界的ヒーローであるレディ・エリュテイアが敵の攻撃に巻き込まれ、生死不明の状態で連絡がつかなくなったとのことです」
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