第4話
「突然帰ってくるだなんて珍しい、どうしたのよ」
「いや、探しものだってば。取りに来たいものがあったの」
ハルノが里帰りをしたのは、捜査部隊に入る数日の前のこと。
ハルノが今住んでいる場所からは、電車に乗り継いで三時間ほど。
いつもは年末年始ぐらいしか帰ってこない娘の突然の帰省に、ハルノの母は驚いた様子であったが、同時に娘が帰ってきたことを喜んだ。
「お母さん、私の小さい頃のおもちゃとかってどこにある?」
「屋根裏部屋じゃないかしら、捨ててはいないと思うけど」
何に使うの? と不思議そうな顔をする母に、ハルノは「ちょっとね」と曖昧に返事をする。
荷解きもほどほどに屋根裏部屋に上がったハルノは、母の言う通りハルノが小さい頃着ていた服や、使っていた玩具がそのまま仕舞われている棚の中を隅々まで探し回る。
「っあった……!」
目当てのものを見つけるのはさほど時間はかからなかった。
古い木の箱の一番奥、子ども向けのマスコットのぬいぐるみとともに、その絵本二冊は仕舞われていた。
母によれば、ハルノはことあるごとにこの本を小さい頃はよく読んでいたという。
ハルノの記憶も朧気だが、確かに、この赤い髪の少女の本を、よく手元に置いていたことを思い出した。
『ファニー・プレップの冒険』
一冊の絵本は、ヴィオラが持っていたもの。
もう一冊の本は、ヴィオラが持っていた絵本の、続編となるもの。
とたんに懐かしさが溢れてきて、ぱらぱらとハルノは絵本のページをめくっていく。
色褪せているが、読むのには何の問題もない。
冒険を続けるファニーはある日、とある噂を聞きつける。
霧に包まれた無人島には多くのお宝が眠っていて、そのお宝は一人の妖精の王様が護っているのだという。
けれども、その妖精の王様の難題を叶えられる者がいれば、そのお宝は全て、その者が手に入れることができるという。
それをきいたたくさんの人々が妖精の王様に挑んだが、誰もお宝を手に入れることはできなかった。
ファニーは嵐の中、その島に向かった。
そして、そこで宝を護る妖精の王様と出逢って──
「春乃ー、そろそろいけるー?」
「あ、うん! 今行く」
下の階から母が自分を呼ぶ声が聞こえて、ハルノは読みかけていた絵本を閉じる。
屋根裏部屋から絵本を持って降りたハルノは、それを鞄の中にいれると、もうすでに準備を済ませていた母と共に車に乗り込んだ。
「随分と久しぶりよね、お父さん喜ぶわ」
「お母さん一人だとお墓汚れちゃってるだろうからね」
「もう、そんなことないわよ」
ハルノの父は数年前に他界した。
元々身体があまり強くない人で、病気を患った結果のことだった。
長らくハルノは父のお墓参りには行けておらず、今回の帰省はそれをするためでもあった。
母の運転で、のどかな田舎の道を進んでいく。ここから父の墓地までは少し距離があるのだ。
左右に並んだ林並木の道を入ると、ハルノの母はぽつりと口を開いた。
「少しほっとしているのよ」
「何が?」
「ヒーローを目指すのをやめたこと」
「……」
その言葉はハルノにとっても予想はしていたことだった。
里帰りする前に、母親には事前に捜査部隊に入ること、卒業後は現場を転々とすることなどを伝えていた。
ハルノが養成校に入ることになったとき、両親に反対されたことは記憶に残っている。
電話越しの母は「そう」としか言うことはなかったが、それでも、内心安心しているのだろうなということはハルノにもわかってはいた。
「小さい頃、あなたがレディに助けてもらったのは私も覚えている。すごく感謝してる。でも、あなたがヒーローになりたいって行った時、正直『嫌だ』って瞬間的に思った。お父さんもそう言ってたでしょ」
「それは……」
ヒーローになりたい、そうハルノが言ったのは、父がまだ生きている時だ。
二人とも、怒るのではなく、ただただ悲しそうな、辛そうな表情を浮かべていたのを、ハルノは今でも思い出せる。
「やめてほしかった、だって、この世界で一番危険な仕事だもの。ぺしゃんこになって、ぐちゃぐちゃになった我が子の姿を見たい親なんて居ない」
「それは、わかるけど……」
「だから、正直ほっとした。後方支援の部隊なんでしょ? 少なくとも、前線に立って戦うような仕事じゃないんでしょ?」
ハルノが帰省した理由は三つ。
一つ目は、レディの絵本を見つけるため。
二つ目は、父の墓参り。
三つ目は、母へ、捜査部隊に進むことを決めたとちゃんと伝えるため。
父が亡くなって、娘まで居なくなってしまうのではないかと常々心配している母には、伝えなくてはいけないとハルノは思ったのだ。
なんと答えるべきかハルノが迷っているうちに、車は父の墓地へと辿り着く。
ハルノの母もそれ以上は何も言わなかった。
車を降りて、花を持って父の墓の前に二人は並ぶ。
「お父さん、ハルノが来てくれたわよ」
ハルノの父の墓は、綺麗に整備されていた。
定期的に母がちゃんと掃除していたのだろう、ハルノが来なくても、母はちゃんとやってくれる。
そんなこと、ハルノが一番よくわかっていた。
「お父さん、久しぶり」
ハルノは花を綺麗に置いて、墓に語りかける。
「……私ね、捜査部隊に入ることにしたの。応援してもらったんだ。だから、迷ってたけど、私にできる範囲のことを、できる限りやれる仕事なんじゃないかって、思えたの」
墓地にはハルノと、母の二人だけ。
ハルノの言葉を聞く者も、ほかにはいない。
「……でもね、お母さん、お父さん」
「私がヒーローを目指したことを、悪いことだったと記憶してほしくはないよ」
ハルノが見るのは、物言わぬ父の墓と、母の横顔。
驚いたように、母はハルノを見て目を見開いた。
「別に妥協だって言われてもいいし、二人が安心したんなら、この道を選んで良かったなって思う」
「でも、私の憧れたものおを、後悔になんてさせないで」
ハルノ、と小さく母親が娘の名前を呼ぶ。
ハルノはそれには聞こえないふりをした。
「また来るね、仕事、頑張るからさ。私は元気だし、ダイジョウブだから!」
先に車戻ってるね、ハルノは母の方は見ずにそう言った。
きっと今、母の顔を見たら自分は泣いてしまうとわかっていたからだ。
だって、こうしてようやくハルノ自身にも、自分のできる範囲で、できるだけのことに全力を尽せる、そんな気がしたのだから。
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