第71話 階層主を討伐?

「私はこのまま逆立ち状態で、ミミックに頭を突っ込んだ状態でいるのは嫌だよ……」


 宝箱に擬態していたミミック。箱の口は鋭い牙が生えており、私に噛みついたあと強い力で私を持ち上げている。


 宝箱は軟体動物のように体を反らせ、私を逆立ち状態に持ち上げてしまっていた。


 ユカリスさんは怯えるように言う。


「だが、手段がない……。我々には階層主はまだ早かったのか……」


「できれば今日中に倒して、家に帰りたいのだけど」


「無茶を言う。筑紫春菜の活躍は毎日配信で見ておったが、さすがに今回ばかりは無理があろう」


「通常の手段で倒すのは難しそうだよね」


 気弱になりかけていたユカリスさんの声がいっきに明るくなる。


「そうか、筑紫春菜はいつも奇想天外な発想で倒しておったな!」


「もういい加減、ダンジョンから出たいんですよ……と……」


 私はしゃべりながら、両足を同調させて前後に振る。リズムを付けて、勢いを増し、せーのっと力を込めた。


「えーーーーい!」


 大きく振られた巨体の勢いは強かった。私の身体は少し飛び、床に足をつける。ミミックにかじられた状態のまま立ち上がった。


 大きく膨れた鎧姿。頭と肩はミミックに噛みつかれ、宝箱は真横の状態。


 さっきとまったく反対の状態にすることができた。

 二本の足で立ち上がる。


「鎧おばけだ!!」

「宝箱を被っている!」

「ミミックが一体化した!?」


 とりあえずこれで歩くことができるようになった。私がどしどしと歩くとハンターたちが道を開けるのがわかる。

 

 私は宝箱を頭から被っているような状態だ。


 頭はもちろん肩まで飲み込まれているが、かろうじて両腕は外にでている。


 ミミックの大きさより、私の体のほうが僅かに大きい。

 この僅かな差が明暗を決めることになるはずだ。


 相変わらず視界は真っ暗で何も見えないけれど、とりあえずこの場から移動する。


「おい、来るな」

「近寄るな」

「逃げろ」


 ハンターが散り散りに離れていくのがわかる。


「筑紫春菜よ。それでどうするのじゃ?」


「ユカちん。中央の広い部屋があったよね? そこまで案内してもらえる? 私は何も見えないので」


「ほお。そういうことか」


 ユカリスさんはデバイスを操作し、その場所の解析を試みた。その結果を私に告げる。私の予想通りだ。


「じゃあ、お願い」


「任せるのじゃ!」


 安全のため、ユカリスさんは少し先を歩く。声の指示に従って通路を歩いていく。


 ハンターたちは私のだいぶ後ろから着いてきているようだ。


 やがて中央の部屋へと到達する。


 ドローンで確認したときには、ここには緑の扉があった。

 階層主を倒したときに現れる扉だ。


「地上に帰れる!」誰かが叫び、その扉に向かおうとしたようだ。


「よせ! 近寄るでない!!」


 ユカリスさんが制止する。


 そう、この扉は入ってはならない。


 ユカリスさんはデバイス解析の結果を読み上げていく。


――――――――――――――――

名称:偽装扉ダミー・ドアー(階層主その2)

推定レベル212

推定能力 扉を開けた者を亜空間に吸い込む

ドロップアイテム なし

討伐履歴・なし

――――――――――――――――


 これもミミックと同じ。


 地上へ戻れると期待して扉を開けた者には死が待っている。


 だが……。


「いってきます」


「健闘を祈るのじゃ」


 私は扉に近づき。

 一呼吸。


「大丈夫な、はず!」


 勢いよく、バン、と扉を開ける。

 見えないが、その先には深い闇が広がっていると感じられた。

 そして、とてつもない力で吸引される。


 ごおおおおおお!

 と激しい音を立てて、掃除機の吸引力を100万倍にしたくらいの強烈な力で頭が扉の中へ引っ張られる。

 この頭はミミックに噛みつかれた状態だ。

 宝箱は完全に扉の中へと入る。


 私の身体はぎりぎり……本当にぎりぎりで扉の枠に引っかかっている。

 扉の中の亜空間は先へ行くほどに強い力となっていた。

 ミミックはまるで力が抜けていくかのように、その歯を緩ませていく。

 やがて、ミミックの口が開く。

 次の瞬間、私の視界は開ける。

 ミミックは亜空間のずっと向こうへと飛んでいく。

 暗闇の先。赤い宝箱が小さく、小さくなっていく。


 ここから問題だ。私は扉の枠に引っかかっている。

 おかげで吸い込まれはしないが、この吸引力に抗い、扉を閉める必要がある。


 私は神王のネックレスを思い出す。

 そういえばこれを着けたままだった。


 鎧のなかに身に着けていたので亜空間に吸い込まれずにすんでいる。


 神王のネックレスはペンダントになっており、開くと写真を入れることができる。これはお兄ちゃんのプライベートだ。それを覗き見るべきではない。見ていないが、おそらくは婚約者の写真が入っているのだろう。


 ネックレスのスキル。


 ――愛の証明サーティフィケーション・オブ・ラブ


 その写真の人物のもとへと瞬間移動することができる。

 もちろん距離には制限があるので、ダンジョンなら同じ階層にいる必要がある。


 ちょうどその時、お兄ちゃんたちもこの部屋にやってきたようだ。もりもりさん、ミリアも到着する。


 お兄ちゃんの恋人はミランダ・モリスではないかという噂があった。ミランダさんらしき人物は見当たらない。


 神王スキルを発動。

 私の身体は光の粒子に包みこまれ、扉による吸引力の影響が完全になくなる。


 視界が真っ白になり、次の瞬間にはお兄ちゃんたちのすぐそばにいた。


 偽装扉ダミー・ドアーはバタンと音を立てて閉まる。


 あれ?

 ペンダントの写真の人物のところへ移動するはずだよね?


 え、お兄ちゃん?

 私はお兄ちゃんのいる場所に来ていた。


 もしかして、自分の写真を入れていた!?


 そんな私を、もりもりさんが、きょとんとした顔で見ている。

 そうだ、今は重装鎧を着ていて兜のバイザーも閉めていた。


 私だということがわかっていないようだった。


 お兄ちゃんも、ミリアも、「誰だこいつ?」といった顔で私を見ていた。

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