第70話 ミミックに喰われています

「皆のもの! ミミックを攻撃するのじゃ!」


 ユカリスさんの声が震えている。

 誰も動かない。下手に近寄ると私のように食われてしまうかもしれなかった。

 私は防御力が半端なく強い鎧を着ているが、他のハンターなら即死だからだ。


 逆さまの状態になっているが、とりあえずジタバタするのをやめた。


「ミミックに飲み込まれているこの姿。世界中に配信されてしまっているのでしょうか……?」


 視聴者にはどのように見えているのだろう……

 大きく口を開け、鋭い牙に噛みつかれ、宝箱に頭を突っ込み逆立ち状態。


 黒光りしていて巨体の強そうな鎧姿だが、なんともお間抜けな絵面なはずだ。


「私、ずっとこのままでしょうか……?」


 不安に思いながら問いかける。


「ちょっと待つのじゃ、今、計算するのじゃ」


 頭を宝箱に突っ込んでいるため、視界は真っ暗だ。外の様子はわからない。

 なにやらユカリスさんがノートをめくる音が聞こえている。カリカリという音はペンを走らせているのか?


 パラパラ、カリカリ、という音がしばらく聞こえる。


「大丈夫。デバイス解析により、ギガント重装鎧の強度は少ししか減っていない。ユカちんの計算によると3ヶ月はもつのじゃ」


 なんか、後半は手で計算していませんでしたか? 全部、デバイスで計算すればいいじゃないですか。

 見えないのでわかりませんけれど。


「3ヶ月……。ずっとこのまま? そして、3ヶ月後に死亡?」


「大丈夫、ユカちんが助けるのじゃ。ユカちんは全部うまくいくのじゃ」


 声からはまったく自信が感じられない。おそらく作戦らしい作戦はないのだ。


「皆のもの! ミミックが恐ろしいのはユカちんもよくわかる。だが、倒さなければ地上に帰れないのだあ。魔法だあ。魔法で攻撃するのじゃあ。離れたところから攻撃すれば大丈夫なのだあ。ユカちん、頭いい! 筑紫春菜ごと撃ってかまわん。皆、魔法を放つのじゃあ!」


 え? 私ごと?

 私のことも攻撃するの?

 それ、本当に大丈夫なやつ?


 ユカリスさんの言葉を聞いて、うおおおおお! とか、くたばれー! とか叫びながらハンターは魔法を撃ってきた。らしい……

 見えないからわからないけれど。


 ごごごご、とか、どがががが、とか激しい音が聞こえる。

 そして、ユカリスさんの合図で攻撃が止まる。


「よし、ちょっといったん終わるのじゃ。皆のもの! ミミックを倒せるかもしれないぞ! ミミックのHPがちょびっと減ったのじゃ!」


 わああ、と歓声が上がる。なんだか形式だけのあまり期待のこもっていない歓声だ。


 そして再びユカリスさんはノートとペンを手に取ったようだ。


「今、計算中なのじゃ。しばし待たれよ。……。……。筑紫春菜。しちろく?」


「え?」


「しちろく、じゃ。九九だぞ。習っとらんのか?」


「え、あ。48? じゃなかった42」


「ユカちんは七の段だけは苦手なのじゃ。ほかは完璧なのじゃが。よし、計算完了なのじゃ。ミミックを倒すためには3年6ヶ月……と。そしてギガント重装鎧の寿命は2ヶ月半――」


 ちょっと待って、さっきは3ヶ月とおっしゃっていましたよね?

 私の余命が半月ほど減っているのですが……


「これではミミックを倒す前に筑紫春菜が死んでしまうのじゃ。ユカちんは筑紫春菜に死んでほしくないのじゃ。しかし、方法が……」


 ミミックを倒す方法。それが問題だった。

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