第72話 ギガちゃんです……

 黒光りする巨体の鎧を着た私。兜のバイザーを下げているので顔は見えない。


 お兄ちゃんも、もりもりさんも、ミリアも、不思議そうに私を見ている。


「こんなハンターいたか?」

「さあ? 見たことありません……」


 お兄ちゃんの問いかけに、もりもりさんは首を傾げる。


 お兄ちゃんにはこの階層に来るなと言われていた。まあ、怒るなんてことはないと思うけれど、一応ごまかしておくことにする。


「は、はじめまして……。ギガちゃんです……」


 ギガント重装鎧を着ているのでギガちゃん。

 ネーミングセンスは抜群だ。……たぶん。


 ミリアが近づいてきた。

 私の黒光りする鎧に顔を写している。

 鼻を近づけ、匂いを嗅いできた。


「くんくん。ミリアは犬なの! 鼻が良いの! この匂いは! どこかで嗅いだことが!!」


 まずい、正体がバレてしまうかもしれない。

 まあ、バレたからといって大きな問題ではないのだが。


 そこへ5機のドローンが飛んでくる。

 ユカリスさんがやってきた。


「冬夜隊長! ユカちんは偉いのじゃ! 筑紫春菜つくしはるなは安全な場所で確保しているのじゃ!」


「ありがとう、天橋立あまのはしだて。助かるよ」


「偉いか?」


「偉い、偉い」


 子供を褒めるように、お兄ちゃんはユカリスさんの頭を撫でる。


「ユカちんは、可愛いか?」


「可愛い、可愛い」


「結婚してくれるか?」


「ごめん、それは無理だ」


「無念」


 ユカリスさんは本気でボロボロと涙をこぼし、お兄ちゃんはそれを見て困ったような顔をする。


 まあ、あれだよね。小学4年生が本気で大人に恋をして、失恋してしまったというやつかな?


 しかし、次の瞬間にはケロッとした顔をするユカリスさん。

 何事もなかったかのように、


「こちらのギガちゃんが、さきほどミミックを撃退したのじゃ。ユカちんも、半分くらい手伝ったのじゃ」


 ユカリスさんはドローンといっしょにその場でクルクルと回る。

 踊るように両腕を広げていた。


 そのまま回りながら話し続ける。


階層主かいそうぬしその1、ミミックは倒したのじゃ。だが、あの偽物にせもの扉も倒さなければいけないようじゃ」


 ミリアが「はい! はい!」と手を挙げる。


「ミリアに良い方法があるの! 役に立つの!」


 一同の視線がミリアに集まる。この場にはすでに多くのハンターも集まっていた。


「ミリアが完全魅了したハンターたちを扉に全部つめこむの! お腹いっぱいになったら吸い込めなくなるはずなの! 支配下においているから、みんな、言う事聞くの!」


 目をピカピカさせたハンターたち。

 逃げ出そうと試みた者もいたようだが、硬直したかのように皆が固まっている。


 ユカリスさんは学者のような真面目な顔で応える。


「残念だが、ハンターの数が足りん。ユカちんの計算によると、50京6000兆までは計算したが、全然足りんかった」


 計算式が書かれた自由帳を広げ、ミリアに見せている。おそらく口からでまかせで適当に言っていた。

 ミリアはがっかりと肩を落とす。


「残念なの。こんな時、ハルナお姉様がいてくれたら……」


 思わず、その言葉にドキリとする。

 ここにいるのは私だと白状してしまおうか。


 もりもりさんはダンジョンデバイスを見ていた。階層主かいそうぬしの情報を分析していたようだ。


「あの扉はなんでも吸い込んでしまうようです。こちらの防御力の意味がありません。ここまで戦ってきたようにミリアさんの防御力を頼りにした戦法がとれません」


 黄金の装備に身を包んだもりもりさんが言う。

 それにお兄ちゃんが応える。


「ああ。だが、うかつに近寄って扉が開かれたら厄介だ。どのように攻撃したらいいのだろうか。時間をかければ倒せるというものでもなさそうだ。こいつは厄介な敵かもしれない」


 お兄ちゃんは対称的な白銀の鎧をまとっている。細身の体型に、鋭い棘を思わせる装飾が腕と脚にある。頭部は兜で覆われており、お兄ちゃんの真剣な顔が見えている。


 私はデバイスに格納していた神王の長剣を実体化させ、もりもりさんに差し出した。


「筑紫春菜氏より、もりもり殿にお渡しするよう申しつかっていた。渡しておこう」


 開き直り、ギガちゃんとして振る舞う。

 なるべく低い声を出して男性ハンターを装った。男性とするなら「ギガくん」にしておけばよかったと後悔するが、後の祭りだ。


「はい……。どうも……」


 なんだか疑惑の目を私に向けながら、もりもりさんは剣を受け取った。

 私は男らしく仁王立ちして腕組みをしながら話す。


「あの扉だが、遠隔攻撃に耐性があり、弓や魔法には強いんじゃないか? 物理攻撃に弱点があるように思える。あえて弱点を作り、ハンターたちを近づけることが目的なのだろう」


 可能な限り、低音ボイスで話す。


「おお!」


 感心の声を上げたのはユカリスさんだ。


「つまり、あの扉が開くことだけが問題なのであり、扉を開かせなければいい。そうすれば殴り放題、斬り放題」


「おおお!!」


「扉を鎖で縛り、開かないようにすればいい。それで討伐は簡単だ」


「おおおお!!!!」


 私の言葉に、お兄ちゃんは顎に手を当てて考えている。


「鎖で縛る……か……。難しそうではあるが、やみくもに攻撃するよりも、まずは相手の能力を封じるということか……」


「このギガちゃん、何者なの? ミリアより強そうだよ。ねえ、完全魅了パーフェクト・チャームしてもいい?」


 可愛らしい顔で見上げてくるミリア。


「だ、だめだぞ……」


 なるべく野太い声で応える。

 ユカリスさんが私をかばってくれた。


「このギガちゃんはな、階層主その1であるミミックを葬ったほどの実力者じゃぞ。頭の良いユカちんよりも、さらに頭が良いのじゃ。なにせ、しちろくを即答なのじゃからな」


「しちろく?」


「ふふ、お子様はまだ習っておらんのじゃな」


「ミリア、わからない」


「ぬしも大人になったらわかるであろう」


「つまり、ギガちゃんは天才ということ?」


「そのとおり。しかも、ミリアを超える防御力をも誇る」


「!?」


 ミリアは目を丸くしている。思いっきりこちらに向けて完全魅了のスキルを使っていて、「スキルが効かない!」と驚いてもいた。


 そりゃそうだ。私は女なのだから。


「『まるまるバナナ』食べる?」


 ミリアは私に『まるまるバナナ』を渡してきた。

 これは!?

 ダンジョンにこもってだいぶ経つ。


 貴重な地上の甘味だ。


「ありがたく頂戴する」


 野太い声で応えて私は『まるまるバナナ』を受け取る。


 黄色いスポンジ生地の中には白いクリーム。

 バナナをまるごとクリームとケーキの生地で包んでしまうという神的発想の奇跡の甘味。


 袋が開封済みだったことは少し気になったが、甘いものの誘惑には勝てなかった。

 兜のバイザーを少しだけ開け、『まるまるバナナ』を口に含む。


 ……はむはむ……。


 味わって食べる。

 久しぶりの甘さが強烈に脳を刺激する。

 ぶっとんでしまいそうな感覚。


 だが……。

 いつまで食べてもバナナに到達しない。


 ふと、横を見ると手づかみでバナナを頬張るミリアの姿。

 クリームの付いたそのバナナは……。


 抜きやがったな……。


 ミリアは『まるまるバナナ』からバナナを抜いていたのだ。

 これでは『まるまるバナナ』ではなく、ただの『まるまる』ではないか……。


 いや、まわりのスポンジも美味いからいいか。

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