第73話 扉を倒す

 ミリアは口の周りにクリームを付けたままだ。

 私の口にもクリームが付いているかもしれないが、兜のバイザーを閉めているので見えないだろう。


 お兄ちゃんは、扉を鎖で縛るという案を実現する方法を考えていた。


「鎖はアイテム合成で作りだそう。問題はどうやって近づき、扉を縛るのか」


「私にいい考えがあります」


 もりもりさんがその方法を解説する。

 内容はこうだ。

 鎖の両端を2人のハンターが持つ。鎖をピンと張り、部屋の端から中央へ向かえば、ちょうど鎖の中間点が扉となる。

 ここから扉を中心として円を描くように回る。2人が反対周りに回れば扉を鎖で巻くことができる。


 そして、この考えを実行に移していく。


 お兄ちゃんが鎖を実体化させ、ミリアの完全魅了でコントロールしたハンターたちが器用に扉を縛っていく。


 扉は何本もの鎖でぐるぐる巻きになった。外側からは鎖しか見えておらず、まるで『まるまるバナナ』のような状態だ。


 鎖の端はハンターたちが握っており、たくさんのハンターが扉を中心に円形に立っていた。そこから中央に向けて何本もの鎖が伸びている。


 上から見ると自転車のスポークのような絵面になっているだろう。


「これで、討伐……完了なのか?」


 お兄ちゃんがつぶやく。


「まだ倒していないよねえ」


 ミリアがバナナをもぐもぐしながらしゃべる。

 ここからは膨らんだ鎖だけが見えており、扉の本体は見えない。


「魔法で攻撃する?」


「しかし、鎖で覆われてしまって、攻撃が通りにくい」


「このまま放置?」


「階層主を倒さない限り、地上へは帰れない」


 ミリアとお兄ちゃんの会話に、前に歩み出たのはもりもりさんだ。


「私が神王の長剣で攻撃してみましょう」

 

 黄金の装備に長剣を手にしている。


 もりもりさんは鎖に巻かれた扉へと近づいていく。

 鎖の隙間を探し、その間に差し込むように剣を突き出していく。


 グゴゴゴゴゴゴゴ

 という音が聞こえてくる。


 ダメージが通っているのだ。

 扉があげる悲鳴を思わせる地響きがここまで伝わってくる。

 

 けれど、突然お兄ちゃんが叫ぶ。


「まずい! 扉から離れろ!」


 お兄ちゃんの声を聞いたもりもりさんは慌ててスキルを発動。


 ――空間収縮ユニバース・リジェクト


 高速移動で私たちのもとへと戻ってきた。


 ほぼ同時に扉が動く。

 強い力で鎖を持ち上げ、少しの隙間が空いたときだった。


「危険だ! みんな! 手を離せ!」


 お兄ちゃんの指示と同時。ハンターたちの手から離れた鎖が一気に扉の隙間に吸い込まれる。


 すべての鎖は勢いよく飲み込まれた。扉はガバっと大きく開き、その向こう側には虚空が広がっている。

 周囲の空気もいっしょに吸い込んでいるのか、引っ張られるような感覚がある。


 しばらくその状態だったが、突然バタンと扉は閉まる。


 せっかく巻き付けた鎖はすべて亜空間へと吸い込まれてしまった。


「開く力が想定していたよりも強かった……」


 お兄ちゃんのつぶやきに、ハンターたちは声を出すこともしなかった。


「『まるまるバナナ』作戦は失敗じゃな」


 ユカリスさんは言いながら、「だが弱点はわかったぞ」と笑顔をいっぱいにする。

 私とミリアに耳打ちをした。


 ミリアと一緒に扉の背後へと回り込む。


 その間にユカリスさんが扉の弱点について説明する。


「偽装扉の反応域がわかったのじゃ」


 5機のドローンが部屋の中を旋回する。


「前方のおよそ170度、距離3m。この範囲内に入ったらドアが開くのじゃ」


 ドローンは私たちよりも先行して扉の背後へと迫る。


「つまり、この範囲に入らなかったら扉は反応しないのじゃ」


 ドローンが背後のぎりぎりに迫り、反応しないことを確かめる。


 私たちは完全に扉の背後に回った。ミリアと一緒に息を合わせる。


「せーーーーのっ」


 扉を押す。

 ゆっくりと前に傾き始める。


どーーーーーん! と大きな音を立て、扉は倒れた。


 背面を天井に向け、ドアの側は下に位置している。


「これで安全なのじゃ」


 満足そうにユカリスさんは頷く。


「念の為、重しをしておくのじゃ」


 ユカリスさんが私に目で合図する。


 私は扉の上にドカンとあぐらをかいて腰掛ける。


 もりもりさんが神王スキルを使う。極大重力エクストリーム・グラヴィティで、重装鎧を着た私の巨体はとてつもない重さとなる。


 扉は苦しそうにガタガタと揺れる。


「大丈夫でしょうか……」


 もりもりさんが心配そうに言う。


「人を騙すことしか想定しておらんようだから、裏側は安全なのじゃ」


「では、一気にいきますね」


 もりもりさんは剣を逆さまに持ち、刃先を垂直に下ろす。

 何度かそうして剣を突き刺すと、やがて扉には全体にヒビが入り、HPが0%になると同時に、ガラスが粉々になるように砕け散った。


「階層主その2を撃破ですね」


 ほっとしたように息をつく。そんなもりもりさんに合わせるように、私たちも息をついた時。


 リーン、ゴーン、リーン、ゴーン、リーン、ゴーン……


 部屋には鐘の音が鳴り響く。


「この音は何?」


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