第66話 ユカリスさんに確保されました
握手でぶんぶんと振り回してしまい、ユカリスさんはまるで酔っ払ってしまったかのように、よたよたとする。
「さすがあ、筑紫春菜あ。豪快な握手だあ。世界が回っているううう」
その場でくるくると回るユカリスさん。
5機のドローンも追随して、いっしょに回っている。
「あ、ごめんなさい。つい、興奮してしまって」
「ユカちんも、筑紫春菜のファンだぞお。チャンネルも登録してるぞおお。だいぶ初期から見てるんだぞお」
「あ、ありがとうございます!」
私はもう一度ユカリスさんの手を握り、そのまま深くお辞儀をする。
ユカリスさんは私に引っ張られてしまい、バランスを崩す。
体を大きく傾け、今にも倒れそうな状態になっていた。
「なんだか、ユカちんが確保されているみたいじゃああ。ユカちん、捕まったあ? 筑紫春菜に捕まったのかえ?」
「ごめんなさい! いつも見ているユカリスさんが目の前にいるのでつい。いっしょに配信なんてできたらなって思っていました」
「じゃあ、さっそく、配信だああ。いっしょに配信だああ。筑紫春菜はユカちんが、確保したぞおおお。配信スタートだあ」
「おお、さっそくですね!」
私も配信をしようとデバイスの画面を見たらコメントが入っていた。
■筑紫冬夜:おい、春菜。今どこにいるんだ?
「お兄ちゃんからコメントが……」
ユカリスさんが私のカメラに入ってきて、2人の顔が画面に映る。
「隊長! 筑紫春菜はユカちんが確保しておりますぞお」
指をVサインにして、画面の向こう側にいるお兄ちゃんにアピールする。
■筑紫冬夜:よし、でかした。
「あ、ユカちんのデバイス、電波が悪いようで……。座……標が……おく……れ……な……い……」
ユカリスさんはお兄ちゃんのアクセスをブロック。
自分のデバイスに向かって視聴者に手を振る。
「ユカリスちゃんねるの視聴者のみんなあ。不幸なトラブルにより、ユカちんのデバイスは座標送信ができなくなったぞお。残念だあ」
わざとらしいユカリスさんの行動に私は苦笑する。
「まあ、私が無事だということはわかったので大丈夫でしょう」
私の配信ではブロックされていないので、お兄ちゃんのコメントは見れる。
■筑紫冬夜:もういい。
■筑紫冬夜:春菜、お前は
「お兄ちゃんから、来なくていいと言われてしまいました……」
落ち込みながらユカリスさんに顔を向けると、私のデバイスを取り上げ、操作し、戻してきた。
お兄ちゃんが一時ブロックされている。
今から一定時間、お兄ちゃんからのアクセスができなくなる設定だ。
これでお兄ちゃんからのコメントも見れなくなった。
「階層主は冬夜隊長に任せるのじゃ。ワールドランク1位のミランダ・モリスもおるし、サキュバスもおるし、筑紫春菜は私が確保したのじゃああ。私と遊ぶのじゃあ」
「ミランダさんもいたんですか!?」
「いたじゃろ」
「でも、私も戦いに参加したほうが……。あ、神王装備がないから足手まといか……」
「筑紫春菜は私に確保されとるのじゃあ。そのことを忘れずになあー」
ユカリスさんの背丈は私の胸の高さくらいで、なんとなく迷子になりそうな雰囲気があって、さっきからずっと手を繋いでいる。
ユカリスさんの装備は意味があるのかないのかわからない、おもちゃのような装飾がたくさんある。車のスピードメーターのようなものや、楽器のラッパを小さくしたようなもの、くす玉や正体不明の小瓶など、統一感がない。
まるでおもちゃ箱がそのまま歩いているような存在がユカリスさんだ。
『ユカリスちゃんねる』は子供に人気がある。腰につけている小瓶は本物のスライムが入っているという噂だ。だが、モンスターの階層間移動はできない。おそらくは玩具として売られているスライム粘土だろう。
ユカリスさんと手を繋いで歩く。
私を確保したと主張しているが、どうみても私のほうが保護者だ。
配信で見ているときの印象以上にユカリスさんは子供っぽかった。
「ため口でいいぞお。筑紫春菜あ」
そう言ってもらえたので、私も気軽に話すことにした。
「ユカちんって何歳なの?」
ユカリスさんが配信で使っている人称『ユカちん』で尋ねる。
「年齢は非公開じゃ。だが、筑紫春菜にだけは特別に教える。ユカちんは99歳なのじゃ」
「嘘だあ。本当は9歳?」
「99歳じゃ」
「何年生なの?」
「4年生じゃ」
「小学4年生かあ。ちょうど従兄弟と同じだ」
「しょ、小学生じゃないぞお。ユカちんは……。そう! 大学4年生じゃあ」
「99歳の大学4年生?」
「そうじゃ」
ユカリスちゃんねるは設定がぶれぶれで、どちらかというと子供向けの配信だ。設定がぶれているのはユカリスさんが本当に幼かったからだ。
小学4年生の9歳。まず間違いないだろう。
しかし、ジャパンランキングは34位だ。地上でミリアを確保する時のチーム隊長にも抜擢されていたらしい。
実力はあるのだ。
「お兄ちゃんに来なくていいと言われちゃった。少しショック」
「ミリアちんがいたからここまではなんとかなったけんど、220階層はきっと強敵だぞお」
「ですよねー。どうしよう」
「そこで、これじゃ! ユカちんの玉玉玉玉玉が活躍するのじゃ」
ユカリスさんは周囲を飛ぶドローンを指差す。
5機のドローン。丸いドローンが5機あるから玉玉玉玉玉と呼んでいる。
「おお。それで、その玉玉玉玉玉をどうするの?」
「これをな。220階層に送り込むのじゃ。ユカちん、頭いい」
「なるほど。ドローンのカメラで撮影するんだ」
「筑紫春菜は学校の制服なんじゃな? 配信受けはいいが、戦闘向きじゃないし、危ないぞお。冬夜隊長は筑紫春菜のために防具を持ってきたと言ってたぞお。でもユカちんは筑紫春菜に別の防具を着てほしくて。これじゃ」
「おお」
ドンッ、と実体化されたのはバカでかい鎧だった。
胸周りも腹回りも、そして腕も足も、全身がぶくぶくと太ったような重厚な鎧だった。
全身が鈍色に光り、闇のような黒い鏡面には私の顔がしっかりと映り込む。
「ギガント重装鎧じゃあ。
「うわあ、これは恥ずかしいですねえ!」
ミリアのサポートで倒したモンスターから218階層でドロップしたらしい。
私ともりもりさんがどれだけ頑張っても防具はドロップしなかった。
それをこうもあっさり(苦笑)
「神王装備ほどじゃあないけれど、何億円もするんだぞお。たぶん」
「おお!」
「あげないよーお。貸すんだかんねえ」
「もちろん!」
私は制服の上からギガント重装鎧を着込む。
大きく膨らんだ筐体はまるで相撲取りにでもなったかのようだ。
全身を金属が包み込み、顔も兜が完全に覆う。
「あのう……。ユカちん……」
「なんじゃ? 筑紫春菜」
「この相撲取りみたいな鎧……」
「気に入らんか?」
「あの……。装備したら……。呪われましたって……」
私の言葉を聞き、ユカリスさんはとても愉快そうに笑顔を見せた。
頭の中に響く
――呪われました
の音声。
デバイスに表示されている。
【ギガント重装鎧(呪い)】
の文字。
「おめでとう!」
ユカリスさんは高らかに叫ぶ。
「ユカちん。知ってた?」
「知らぬう。よくある事故だあ」
けたけた笑うユカリスさん。
219階層は人で溢れている。すれ違う人が
「大丈夫う。ダンジョンから出たら呪いは消えるう。ダンジョンにおいて、呪いはそんなに問題じゃないぞお。むしろ、能力はアップするし、ダンジョン内で装備を外せないってだけだぞお」
装備を外せない……
ダンジョン内で……
それが問題なのでは…………?
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