第43話 帰還アイテム

 もりもりさんが見せてくれたドロップアイテム。エンシェント・ヴァンパイアから獲得したものだ。


――――――――――――――――――――――

       『URウルトラ・レア帰還石』

効果:対象1名を地上まで帰還させる。

備考:注意事項あり。詳細を参照のこと。

――――――――――――――――――――――


「非常脱出用の帰還石です。URウルトラレアアイテムであり、現存数は10個にも満たないと言われています。それが、今、出ました」


■うおおおおお

■URアイテムだあああ!!

■出た? 出たのか!?

■帰っておいでええええ

■これ、一気にダンジョンから出られるやつだよね?

■完全脱出アイテム

■一気に、地上へ浮上

■びゅーんと、飛ぶらしい

■いまだ使った人間はいないけれどな

■なぜ?

■誰も使ったことないの?

■レアアイテムだし……

■めったに出ないし……

■よし、お祝いしよう

■パーティーだあああ

■初めて帰還石を使う人間だあ

■でも……

■1個?

■そうか、1個しかないのか

■レアアイテムだしな

■1人しか帰れないよ


 コメントを読む通り、帰還石が1個しかないのであれば、1人しか戻れないことになる。ここには私ともりもりさんと2人がいるのだ。


「そうですよ! 1個じゃだめです!」


 私は悲壮感漂う声でもりもりさんに訴えるが、彼女は余裕そうに息を吐いた。


「ふ……」


 片手で髪をかきあげる。もりもりさんの透き通るように煌めく金色の長髪がなびく。

 そして、少し優越感のある顔をしながら、もりもりさんは自分のダンジョンデバイスを操作し、こちらに向けた。


「じゃん!」


 デバイスにはもりもりさんが持っているアイテムの一覧が表示されていた。そこにあるアイテム。


――UR帰還石。


 2個目の帰還石がそこにはあった。


「!?」


 私は目を大きく開いてしまう。


「ちゃんと保険をかけていますよ。帰還石を1個だけですが持ってきていたんです。本当は2個目を獲得してからここに来なければいけないと、協会の人からは言われたんですけどね。でも、来ちゃいました。ドロップを待ってたら何年かかるか、わからないですからね」


 片目をパチリと閉じ、可愛らしくウインクする。

 もりもりさんは1個の帰還石をあらかじめ持っていたのだ。


■うおおおお

■さすが、もりもりさん!

■2個目があるとは!

■よし、これで2人とも戻ってこられるね。

■やったあああ

■これですべて解決?

■でも……

■何かを忘れているような……

■あれ?

■でも、あの……、それ……。ペナルティ、あるよね。


「ペナルティ?」


 コメント欄を読んだ私が聞き返す。


「いいんですよ。春菜さんは、何も気にしなくて」


 もりもりさんは何も説明してくれない。


 ダンジョンデバイスを操作し、2個の帰還石を実体化させた。青白く光るこぶし大の宝石。ダイヤのように表面がカットされていて、中央には小さな光が見える。表面のカットに反射してきらきら光っていた。


 青くて綺麗だが、どことなく不気味さも漂わせている。


■ペナルティってなに?

■帰還石を使用したすべての帰還者はダンジョン探索を放棄したものとみなされる。

■つまり、最後の手段。本当の意味での最終策。

■レベルは0に固定され、二度と経験値を獲得することはできない。

■無能者になる。

■そして二度とダンジョンには入れない。近寄ることも許されない。

■それだけじゃない。

■ハンターと無能者の婚姻が不可能となる。

■ハルナっちも、もりもりさんも、ハンターと結婚しなければいいんだけれどね。

■結婚ができないというのはダンジョンの呪いらしいんだよね。ダンジョンと関われなくなるっていう理由みたい。

■結婚しようとしたらどうなるの?

■前例がないから推測。プリミティブデバイスによると、無能者側が2ヶ月位で体が黒く変色し、溶けてしまうらしい。

■死ぬの?

■そうじゃないかと言われている。


 この帰還石を使ってしまったらハンターは引退しなければならない。それにハンターとの結婚もできなくなる。もりもりさんはそれだけの覚悟でここに来てくれたのだ。


「じゃあ、帰りましょうか。春菜さん」


 もりもりさんは、まるで散歩から戻るかのように口にした。


「でも……」


「お兄さんが待っていますよ。すぐに帰って顔を見せてあげましょう」


 私は戸惑いを見せる。どうしてだか、これは使ってはいけない気がしてしまう。

 もりもりさんは、なぜここまで来たのだろう? どうして命をかけてまで私のことを助けに来てくれたのだろう。


 もりもりさんの実力は?

 もりもりさんと、兄との関係は? 私のことを知っていたのか?


「もりもりさんは兄とはどんな関係なのですか?」


 不意に出た私の言葉。もりもりさんはこれにも答えてくれない。


「春菜さんの気にするようなことではないです。帰ったらもう他人同士なのですから」


 もりもりさんは優しく微笑む。けれど、その奥には悲しそうな、寂しそうな表情を隠しているのがわかる。


「これを使ったら、ハンターは引退なのですよね? もりもりさんも高ランカーなのでは?」


「そうですね」


「じゃあ、使うわけには……」


 私の言葉をもりもりさんは遮る。


「いいじゃないですか。ハンターを引退しても」


 私は黙り込んでしまう。


「夢でも見ていたと思えばいいんです。これを使ったからといって、死ぬわけじゃないんですよ。命あってこその人生ですから。生きていて、こそです」


 生きていてこそ。

 確かにその通りかもしれない。

 無事に帰り、生きてお兄ちゃんに装備を返す。結婚が決まったお兄ちゃんが私の帰りを待っている。私が帰らない限り、お兄ちゃんは結婚を延期するだろう。


 すべては元のまま。

 もりもりさんがハンターを引退しなくてはならないことは土下座して謝らなければならない。どれだけ謝っても足りないだろうけれど。

 でも、それだけではない気がする。


 私の直感。

 覚醒レベル2。


 内なる心が叫ぶのだ。

 使ってはならない……と。


 今すぐ帰れる。

 今、次の瞬間には地上に帰り着くことができる。


 それなのに。


 どうして私は手を伸ばしているのだ?


 どうして帰還石の発動を止めようとしているのだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る