第41話 守りが堅い女のことです

 ヴァンパイアは再び指をこちらに向ける。


 さきほど、もりもりさんにした攻撃を仕掛けてくるつもりだ。


 予想通り、ビュウウウウンッと風切音のような音とともに閃光が放たれる。

 放たれた閃光を、私はすばやく前に掲げた盾で受けとめた。


 バチイイイッンという音とともに、ヴァンパイアの閃光は弾け飛んだ。


「ほう……」


 ヴァンパイアは感心するような声を出した。


「どうやらお前のようだな。私が求めていたものは。そうか! お前か! 私の求めていた女は! お前は、処女なのだろう!? その堅い守り。処女に間違いがない」


 強さゆえの余裕だろうか、ヴァンパイアは呑気に話しかけてくる。


「どうなんでしょう? 守りが堅いのはお兄ちゃんの装備なので……」


「ふふ、装備が堅いだけの女か。まあ悪くない。お前、ろくな経験もないのだろう?」


 ヴァンパイアの問いかけに、私は即答する。


「いえ! 経験はたくさんありますよ!! (フレイムドラゴン戦で10億ほどEXPを獲得しましたから!)」


 私の発言に、急にコメント欄が噴いた。


■経験がある!?

■たくさん!?

■なに!?

■ハルナっち、経験豊富なの?

■ちょ、ちょっと待って。いまどきの中学生は早熟!?

■え? あんなことや、こんなことを?

■うわああああ、俺のハルナっちがあああ


 経験って経験値のことだよね? モンスターを倒した時に得られる?

 お互いになにか誤解があるようだが、今は戦闘中だ。視聴者にかまっている暇なんてない。


「そうか、経験が多いのか」


「多いですね」


「なら、処女じゃない」


 ヴァンパイアの言葉に、なぜだかコメント欄がざわつく。


■ちょ、ちょっと待って。ハルナっち……

■経験済みなの!?

■早い! 早いよ!

■俺の、俺の嫁がああああ

■うわあああ、もう配信なんて見ないよお

■嫌だあ、いやだあ! 嘘だと言ってくれえええ


 そしてものすごい勢いでチャンネル登録者数が減っていく。

 もりもりさんがダンジョンデバイスをこちらに向けながら叫んだ。


「春菜さん、大変です! チャンネル登録者数が減っています! すごい勢いで!!」

「ちょ、なんでチャンネル登録者が減るんですか!」


 私はヴァンパイアを前に、頭を抱えて天を仰いでしまう。


「なんで、減ってるんですかあああーーー!」


 ヴァンパイアは私たちをあざ笑うかのように鼻を鳴らす。


「ところで、処女の意味を知っているんだよな?」


 ヴァンパイアに問いかけられ、 私は頭をポリポリとかく。


「実はあんまり良く分かっていなくて。たまに小説とかで出てくる言葉なんだけど、学校の友だちに聞いてもはぐらかされるし。誰も、教えてくれないし……。いつしか、聞きづらくなって……」


 盾を構えながら、内股でもじもじとしてしまう。


■なんだ、そういうこと

■知らなかったのね

■誰か教えてやれよ

■普通、知ってるよね

■知らないのがハルナっち


 私は撮影をしているもりもりさんのほうに顔を向けた。


「あの……。もりもりさん、どういう意味なんでしょうか……?」

「ダンジョンから出たら教えてあげますね……。今は戦闘中ですので……」


 もりもりさんは当然だが、視聴者も教えてくれない。

 誰もが教えてくれない中、それを教えてくれたのはヴァンパイアだった。


「私が教えてやろう。処女とはな! 鉄壁の守りを持つ女のことよ!」


 !?

 おお、やっと積年の疑問が晴れた!

 それを聞いて、私は高らかと宣言する。


「なら私は処女です!!」(お兄ちゃんの装備があるので)


■そうだよな!【500DP】

■ハルナっちは守りが堅いよな!【1,000DP】

■信じてた! 俺はハルナっちを信じてたよ!!【1,500DP】

■当たり前じゃん、俺の嫁になる女だぜ【2,000DP】

■お前の嫁じゃねえ

■ああ、清らかなハルナっち。まさに聖女だぜ【3,000DP】

■性女じゃなくてよかった【2,000DP】

■俺は聖女でも性女でも、どっちでもいける口だけどな【3,500DP】


「春菜さん! チャンネル登録者数が戻りました!」


 チャンネル登録者数が一気に増加。減る前よりも少し増えていた。

 なんなんですか、この人たち。

 意味不明なあなたたちの行動は。


 もりもりさんはデバイスを持って配信してくれているが、撃ち抜かれた肩を左手で抑えている。デバイスを持っている右腕はつらそうだった。


「春菜さん……。私は戦えそうにないです……。一人で大丈夫でしょうか……?」


 制服の肩のあたりは血が滲んでいる。命に関わるような怪我とまではいかないが、腕はあがらないようだ。


「大丈夫です。任せてください」


 私は自信満々に答える。


「ほう。お前が私に勝てるとでも?」


「勝ちますよ! こっちにはお兄ちゃんの装備があるので! あなたの指先ビームなんて、恐くもありません!」


 そんな私にもりもりさんが注意を促す。


「春菜さん。かつて人類は125層で大量のヴァンパイアと遭遇しました。その時、私たちは全滅の危機にありました。対応策は重厚な鎧だったんです」


 その話は私も少しだけ耳にしたことがある。ヴァンパイアの持つ特殊能力。ハンターたちのそれまでの努力を無にする力。すべてを奪い取るその能力。


「ヴァンパイアの特殊能力は血を吸われることで発動してしまいます。ですが、春菜さんなら大丈夫です。春菜さんだからこそ、対応ができるはずなんです」


 少し意味深なもりもりさんの発言。お兄ちゃんの鎧のことだけではないはずだ。


「今の私は装備がありません。春菜さんに頼るしかないのです」


 もりもりさんは苦痛に顔を歪めながら言う。そんな私たちを見ながらヴァンパイアは嘲笑する。


「ふはははは。後ろにいる女。お前は、そんな姿でヴァンパイアである私の前に姿を見せるとはな。どうせ、きさまはろくな血を持っていないのであろう。私が血を吸う価値もない。つまりはガードの緩い女ということだ」


 それを聞いて、もりもりさんはとてもとても小さい声で呟いた。


「私だって、嫁入り前です……清い体なんです……バージンなんですけれど…………」


 視聴者に聞こえるか聞こえないかのぎりぎりの音量。

 だが、しっかりと届いていたようで。


■え、まじ?

■もりもりさんも聖女?

■チャンネル登録しました【3,000DP】

■俺も、チャンネル登録しました【4,000DP】

■正座をして、チャンネル登録しました【5,000DP】

■謹んで、チャンネル登録させていただきます【6,000DP】

■俺も、俺も。登録した。【7,000DP】

■急いで、チャンネル登録。【8,000DP】

■速攻でした。すぐさま、した。【9,000DP】

■すげー、登録者数が爆増してる

■スパチャもとんでもない。

■リビングデッドの配信を超える勢い

■もりもりさんのファンが多かったのか

■俺は性女でも、いける口だったんだが。【1,000DP】

■顔は見えないけれど、お姉さんのセクシーボイスが好きです【1,000DP】

■もりもりさん、いつもデバイスの後ろにいるんだもん。お顔が気になるぅ

■声優だと思えばいいんじゃ?

■もりもりさんも、俺の嫁。二人とも俺の嫁【2,000DP】

■俺はもりもりさん派【1,000DP】

■やっぱり20歳は超えてないとな

■でも、24歳で未経験はぎり。だから、いつでも俺が受け止めてあげます

■年齢なんて関係ない【3,000DP】

■二人ともヒロインの条件を満たしているなんて、もう奇跡だね


 コメントを見ながら、もりもりさんは少し怒りながら言った。


「チャンネル登録者数が激増していますー。どうして、登録者が増えるんですかー。なんですか!? この人たち!? 私たちは命をかけて戦っているんですよ!」


もりもりさんは肩の激痛に耐えながら、顔をしかめている。そんなもりもりさんに問いかける。


「もりもりさん、聞いていいですか?」


「はい! ヴァンパイアのことでも、なんでも! やつの特殊能力のことですよね? 絶対に倒しましょう!」


 私はもりもりさんの別の発言が気になっていた。


「バージンってなんですか? どういう意味ですか?」


 もりもりさんが少し固まる。


 ヴァンパイアは「くくく」と笑う。


 コメント欄が少し動く。


■もりもりさん、教えてあげてー

■何も知らないハルナっちが好きです

■いつまでも無垢なままでいて

■黒く染まらないで

■おじさんが教えてあげようか?

■↑悪い人がいる 逃げろ


 のんきなコメントとは裏腹に、突然、ヴァンパイアが攻撃してきた。

 指先のビームではなく、左手を手刀の形にしてこちらへ突き出してくる。


「春菜さん、危ない!」


 もりもりさんが叫ぶ。

 私はすぐさま盾を前面に出す。


――ガキンッ!


 金属同士がぶつかるような甲高い音が洞窟内に響いた。


「硬いですねえ。その盾」

 

 ヴァンパイアは言いながら、不敵な笑みを浮かべる。


「お兄ちゃんの装備だからね」


「私は固い守りの女性が好みなんですよ。でも、本当はお子様はお呼びではないのですけれどね」


「お子様で悪かったなあ!」


 叫びながら、私は盾ごとヴァンパイアを押していく。


「おお、怖い怖い。では、これならどうでしょうか? 私はエンシェント・ヴァンパイア。かつてあなたがたが討伐したレッサーヴァンパイアとは格が違うのですよ」


 ヴァンパイアは、手を手刀の形にして垂直にした。自らの顔の前に掲げる。

 その指先から、シュッと長く鋭い爪が伸びた。カッターナイフを思わせるような鋭利な爪だった。


「じゃあ、行きますよ?」


 そう言って、さっきと同じように手刀を振るった。腕をまっすぐ私の方へと突き出す。

 私も同じように盾で受け止めたのだが……

 キイイイィィンン

 金属音が変わった。もりもりさんが目を見開く。


「春菜さん! ヴァンパイアの爪が盾を貫通してます!」


「!?」


 そのままヴァンパイアは手刀を横に一閃した。

 まるで紙をナイフで切ったかのように、盾の上四分の一ほどが切り裂かれ、地面にごとりと落ちた。


「お兄ちゃんの盾が!!」


 お兄ちゃんの盾が切られてしまった。


「脆いですねえ。その、お兄ちゃんとやらの装備」


「くっ!」


 私は顔を歪める。


「残念でしたねえ。レッサーヴァンアイアでしたら、その装備でも勝てたでしょうに。今回は相手が悪かったようですねえ」


 余裕の笑みを浮かべながら、ヴァンパイアは自らの顎を撫でる。


「盾はとても脆かったですが、こっちはどうですかね?」


 ヴァンパイアは私の鎧の肩当てを強く握った。まるで葉っぱでも引きちぎるかのように、それもたやすくもいでしまった。


「!?」


 そして、私の首を掴み、体ごと持ち上げた。


「くうっ」


 息ができない。苦しい。


「春菜さん!!」


 もりもりさんが叫ぶ。


 足は地面を離れ、私の体重はヴァンパイアの片手だけで支えられている。首を絞められるように持ち上げられてしまい、呼吸ができない。


 そしてヴァンパイアは私の首元、鎧の中に指を入れ、そのまま軽く引く。鎧の首の部分が割れ、私の肌が露出していた。


「ぐぐ……」


 私の首が露出した。

 声を出すこともできない。


 そのままヴァンパイアはゆっくりと口を私の首元へ。顔を近づけてくる。

 ぬらり、と口を開けた。鋭い二本の牙が覗く。唾液が糸を引く。そして、牙の先が私の首に触れた。


「春菜さん、絶対に噛みつかれないでください! 血を吸われてしまうと……」


 もりもりさんの忠告は遅かった。

 ゆっくり、とてもゆっくりと、ヴァンパイアの牙が私の首に差し込まれていく。


「くぅぅ……」


 痛い。

 激痛というほどではないが、牙は深く深く侵攻してくる。

 血が吸い上げられる感覚。

 顔から血の気が引いてくるのがわかる。


 そして私は……

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