第2話 未発見のドラゴン

 お兄ちゃんはワールドランク2位。世界で2番目に強いハンターだ。年齢は私よりも年が離れた25歳。


 そんなお兄ちゃんにはいつのまにか彼女がいて、そして突然、結婚するつもりでいるだなんて聞かされた。


 結婚するということはお兄ちゃんは家から出ていくことになる。そうしたらもう、いっしょには暮らせない。


 たぶん嫉妬心だとか、気を引きたいだとか、ほんのちょっと困らせたい、そんな感情があって、私はお兄ちゃんのアイテム神王しんおう装備を持ち出した。


 兄の装備を持ち出して、それを使って配信をしているところを見つけてもらおうと思った。


 私をみつけたらきっと迎えに来てくれるだろうと。


 ところが調子に乗った私は、そそのかされてこんな深層へと落ちてきてしまい……。


■もりもり:奥にいたモンスターはどんな姿ですか?


 ここにきて新しい視聴者からのコメントが入った。


「あ、『もりもり』さん、こんにちは。はじめまして。えっと。ドラゴンみたいだったんですけど、脚が四本あって、背中には鶏冠とさかのようなギザギザがいっぱいありました」


■ぽんた:なるほどー 未発見のドラゴンね

■アクゾー:うわあ。もっと上手に嘘吐けよ。


「嘘じゃないです!」


 私は怒って頬を膨らます。きっと顔は真っ赤になっているはずだ。


■ぽんた:やっぱフェイクか。設定が甘いのよ。10mあるんでしょ? 下から見上げてるんでしょ? 背中はみえないじゃん


「ああ、なるほど。たしかにそうですね」


■ぽんた:だろ?


「でも見えたんですよ。じゃあ、いっしょに行ってみましょうか」


 私はそう言って洞窟の奥へと歩き出す。

 ダンジョンデバイスのカメラは歩く先へと向ける。

 映像には私の姿はなく、景色だけになっている。


 洞窟の先は広い空間になっていた。

 学校の校庭くらいの広さはあるだろうか。


 その空間の天井は低い。確かに10mのモンスターは入らない。

 洞窟を歩くと、足元の地面がなくなった。

 あと一歩踏み出すと崖だ。


 校庭くらいの広い空間。

 それが下にぽっかりと空いていて、巨大な窪地となっていた。


 その空間の半分くらいを埋めるモンスター。私たちは上から見下ろす形になっている。

 

■もりもり:確かに10mくらいはありそう


 閲覧者数が8、9と増え、10人になった。


 その数字を見て、私は喜ぶ。


「やったー、閲覧者数10人突破です! ダンジョン脱出へ向けて、一歩前進です!」


■ぽんた:10人で喜ぶ小物感

■アクゾー:純粋でいいねえ


 その時、登録者数が0から1に変わった。


■もりもり:チャンネル登録しましたー がんばって


「もりもりさん、ありがとうございます!」


■ぽんた:俺は雑魚はチャンネル登録しねえって決めてる


「えー、ぽんたさんも登録してくださいよー」


■ぽんた:じゃあ、あいつ倒したら登録してやんよ。あの、ドラゴンを


「え!? ほんとですか!?」


 喜びはしたが、さすがのお兄ちゃんの装備でも倒すには無理がある。

 とんでもない大きさのモンスターなのだ。


■ぽんた:バズる方法、教えてやろっか?


「はい! ぜひ!」


 バズる、すなわちチャンネル登録者数の爆上げだ。そうなれば、私の脱出はより近くなるだろう。


■ぽんた:スプラッターよ

■アクゾー:えぐ

■ぽんた:人が死ぬとこが見たくて、ライブ配信を見るやつもいるんだぜ


 それを聞いて、私は頬を膨らませながら怒った。


「死んじゃったら終わりじゃないですか」


■ぽんた:俺が切り抜き動画つくって拡散してやんよ。1分の動画にまとめてやる。1万再生くらいいくんじゃ?


「私の死が1万再生って軽すぎませんか?」


 どうやら、本当にこの状況を信じてくれていないようだ。


■アクゾー:ええやん、ええやん いけー、つっこめー


 そこへまた新しい視聴者からのコメントが入った。


■コリント:これ、フェイクですか?


 コリントさんからの質問だ。

 私が返事をする前に、ぽんたさんたちが応えてしまう。


■ぽんた:フェイクです

■アクゾー:どっからどう見ても、フェイクです。コスプレです

■ぽんた:残念ながら、人が死ぬところは見れません。作り物の映像です

■アクゾー:あんなモンスター、見たことありません。それでわかるでしょ?


 私が反論する間もなく、会話が進んでしまっている。


■コリント:ですよね……、モンスターにデバイス解析を使おうとしませんものね


「デバイス解析?」


 私は初めて聞く言葉に、聞き返してしまった。


■ぽんた:がち初心者だったか


 なにしろ今日がダンジョン初日だ。ダンジョンチューバーの映像は何度も見たことはあるが、私は初心者だった。ダンジョンに潜ったのは初めてだ。


■もりもり:デバイスをモンスターに向けると、ステータスを解析してくれるんですよ


 親切に教えてくれたのはもりもりさんだ。


「そうなんですかー」


 私はダンジョンデバイスを操作する。


「どうやるんだろう?」

 

 解析用のアプリを起動し、カメラを向けた。


 ――――――――――――――――

 フレイムドラゴン・ロード(仮称)

 希少固有種

 未発見個体・詳細解析前

 推定レベル143〜145

 推定能力・不明

 ドロップアイテム・不明

 討伐履歴・なし

 ――――――――――――――――


 同じ情報が視聴者にも見えている。


■ぽんた:ちょ、ちょっと待て

■アクゾー:まじか


 ぽんたさんとアクゾーさんが慌てだした。


■コリント:たしか、これって偽装は不可能でしたよね?


 コリントさんのコメント通り、表示された結果は偽ることができない。これはダンジョン管理協会によるフェイク対策でもある。


■ぽんた:やべ、これ釣れる

■アクゾー:ちょっと俺、切り抜き作る

■ぽんた:こいつ、死ぬわ。オレっちやらかした

■アクゾー:お前の死は無駄にはしない きっと俺のチャンネル登録者数に生かしてやる

■ぽんた:オレっちのチャンネルも。すまん、神王装備が本物だと思わんかった。成仏してくれ


 気がついたら閲覧者数が52、53、54と秒単位で増えている。

 先程まではほとんど動かなかった数字。

 まるで何かのカウンターかのように数字が増え続けていく。


 カタカタと増えていく数字に気を取られ、私はフレイムドラゴン・ロードが首を持ち上げてこちらを見上げていることに気がつかないでいた。


 視聴者数の増加につれて、コメントも増えてきた。


■なにこれ

■フェイク?

■いや、違うらしい

■まじもの?

■フェイクだろ? ドラゴンなんて見たことがない

■ワールドクラスプレイヤー?

■違う

■誰これ

■知らない人 見たことない

■放送事故 確定

■レベル1? どういうこと?

■知らん でもドラゴンはまじもの

■212層ってのは?

■さあ? でも、面白そう


 次々とコメントが流れ始める。視聴者数が100人を超えていた。

 そのまま、101、102と増え続ける。


■帰ってこれないよね この女の子

■明日のトップニュース

■南無阿弥陀仏 成仏してくれ

■まだ死んでない これから

■ぽんた&アクゾーの最低コンビ 今世紀最大の被害者が生まれた瞬間

■迷惑系ダンジョンチューバー、まじ消えてほしい でも面白い

■人の死を面白がるな

■まだ死んでない 今死ぬとこ とりあえずチャンネル登録

■神王装備? 本物? フェイク?

■知らん コスプレじゃねーの?

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