第3話 ドラゴンのやばさはシャレにならないです

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 数字はどんどん増えていった。

 視聴者があっという間に百人を超えたのだ。期待が膨らんだ。


「うわー、急に人が増えました。え、これ、バズってます?」


■まだかな?

■一時的

■どうせ、すぐいなくなる。今だけ

■フェイクがばれたらみんな去る


 視聴者には否定されてしまった。どこかで噂が流れ、一時的な流入が起こっただけらしい。物珍しさに人が集まってきただけで、面白くなかったらいなくなってしまうのだろう。


 ベテランの配信者なら、ここでさっそうと活躍して視聴者をつなぎとめるはずだけど、私にはそんなことはできない。


 それでもせっかく増えたのだ。なんとか注目してもらわなければいけない。


「フェイクじゃないんですけど……。そんなことより、みなさん、いらっしゃーい。こんにちはー。おはようの人もいるのかなー。あらためて自己紹介。筑紫春菜14歳。千の宮中学の2年1組です。ダンジョンから脱出するためにライブ配信しています」


 画面に手を振って、必死にアピールをした。


■やべえ 個人情報だだもれチューバー

■こんにちはー

■おは

■ライブ配信は発言に気をつけたほうがいいですよ


「そうですね。でも、私の場合は学校とかバレちゃってるんで」


■やべ 勘違いきた?

■有名人気取り?

筑紫冬夜つくしとうやと苗字が同じ

■彼、ワールドクラスプレイヤーだっけ?

■有名人と知り合いだから、自分もって思ってるんでない?

■はやくはじめて

■腕とかもげるとこ見たい

■ポーション持ってる?


「あのー、コメントが流れちゃって読み切れなくて。みなさん、挨拶ってあまりしないものなのでしょうか。今日が初めてのライブ配信なのでよくわからなくて。とりあえず、私がやりたいのは実況配信なので、続けますね」


 後ろ後ろ、というコメントが目に入る。ダンジョンデバイスの画面は視聴者が見ている映像でもある。黄金色の鎧に全身を包んだ私の姿。その背後には巨大な眼球。


 私がいる場所は洞窟のようになっている。その先が開けていて、すり鉢状の広大な空間にフレイムドラゴン・ロードがいる。……のだが……。


 フレイムドラゴン・ロードが首を持ち上げ、私がいるこの洞窟を覗き込んでいたのだ。


「え……」


 私はダンジョンデバイスをそのままに、ゆっくりと振り返る。

 私の身長ほどもある巨大な眼球とばっちり目があった。


 瞳の色は漆黒。瞳孔はトカゲのように鋭く細い。

 明らかに殺意を抱きながら、こちらを睨んでいる。


 洞窟の入口は狭い。見えているのはドラゴンの眼球だけ。


 フレイムドラゴン・ロードがすぐに襲ってこれるはずが……ない……と思う。たぶん……。


 そして、これは先制攻撃のチャンス!?


「み、みなさん……。フレイムドラゴン・ロードの眼がこの先に見えていますでしょうか? 私のいる洞窟を覗き込んでおります。これって攻撃のチャンスですよね? 私はまだレベル1です。おそらく、こんなに近くに接近できるチャンスは、これが最初で最後かもしれません」


 私は武者震いをしながら、神王の長剣を構えた。

 右手に長剣、左手には自撮り棒を持っている。自撮り棒の先には手のひらサイズのダンジョンデバイスが装着されている。


「じゃ、じゃあ……。いっちゃいますね!」


■まじか

■逃げたほうがいいんじゃ?

■フェイクだとわかっていても嫌な予感しかないのはなぜ?

■どうせダメージなんて与えられない

■レベル1が何をできるのか? それより早く喰われてみて


 大丈夫。私にはお兄ちゃんの装備がある。

 レベル1でも使えるスキルもあった。


 私は神王の長剣を頭上に掲げ、大きな声で叫ぶ。


『神王スキル!』


 フレイムドラゴン・ロードには明らかに油断があった。やつの瞼はまるで眠気を伴っているかのようにたるんでいた。私の宣言により、ドラゴンには驚いたような反応があり、巨大な眼が大きく見開かれる。その瞼が大きく持ち上がり、ドラゴンの眼球が完全に露出することになった。


 私はそこに向かって突進する。


発動イグニッション! 空間収縮ユニバース・リジェクト!』


 私の体が黄金の光の粒で包まれる。次の瞬間には光の帯とともに、一瞬でドラゴンの眼球へと移動し、そのままの勢いで長剣を前に突き立てた。眼球の中へと、長剣がずぶずぶ沈み込んでゆく。


 私の持つ神王の長剣が根本まで深くドラゴンの眼球に突き刺さった。


 ――グオオオオオオオオオオオ、オオオゥゥ!!!!!!


 とてつもなく巨大な咆哮が、ドラゴンのいる空間に反響して轟音とともに空気を震わせる。がらがらと音を立てて、天井の岩が崩れてくる。


 私の手は剣をすり抜けてしまった。剣はドラゴンの右眼に刺さったまま持っていかれる。


 ドラゴンは洞窟の入口から顔を離し、断末魔を思わせる悲鳴をあげながら暴れまくっていた。何度も激しく体を壁に打ちつけている。まるで地震でも起こったかのように、私のいる場所も大きく震えた。


 ダンジョンデバイスをドラゴンに向ける。


―――――――――――――――― 

ドラゴンの残りHP:推定99.5%

ヘイト増加値:推定+73

――――――――――――――――


 私はわずか0.5%のダメージを与えただけだった。


 私はドラゴンがいる空間に顔を出し、下を見下ろす。

 フレイムドラゴン・ロードは身悶えしながら、とても恐ろしい顔で私を見上げていた。その右眼には神王の長剣が刺さっている。


「あー! 剣が! 剣が持っていかれちゃいましたー!」


 結局、少しのダメージを与えただけで、ドラゴンのヘイトを高め、私は武器を失ってしまった。


 どうしよう、代わりの武器なんて持ってきていない。


■……やらかした……

■……神王の長剣……ロスト……


 視聴者のコメントが私の胸に突き刺さる。


■ぽんた:12億円の装備を一瞬で失う初心者

■アクゾー:これが素人の怖いところ


 うー……。


■どうせコスプレ装備だろ?

■手、離しちゃだめでしょ

■配達頼めるよ?

■212層への配達って(笑)


 今は便利な時代だ。電子マネーで他のハンターに送金し、アイテムを持ってきてもらうこともできる。配達料+アイテム代金が必要となる。配達料はダンジョンの下層へ行くほどに高くなる。

 

 ここは212層。配達料はとんでもない金額になるし、そもそもこの階層へ来ることが困難なので配達なんて頼めない。


 神王の長剣を失ったことにより、私のステータスは減った。セットボーナスが+100から+50へと半減してしまう。


 武器も失い、ステータス値も減って弱くなってしまった。まあ、レベル1だから、もともと弱いのだけれど。


「さて、みなさん……。私はどうしたらよいのでしょうか……。武器がなくなってしまいました……」


 半泣きになりながら、視聴者へと問いかける。


■とりあえず死んどく?

■リスポーンすりゃいいんじゃ?

■装備品はロストするけどな

■神王装備が全部消滅ってこと?

■そもそも、リスポーン(指定場所での復活)の条件としてHPの5%は残さなきゃいけない。つまり即死だと、本当に死ぬ

■ようするに、100層以下でリスポーンは単独だと難しい

■フレイムドラゴン・ロードとやらが本物なら、もう帰ってこれない


「そうだ! シューターを探して、さらに下へ降りるとか?」


■状況をさらに悪化させる

■いい案かも。ドラゴンが階層主なら、倒せばシューターが出現する(笑)

■そもそも、倒せば上層に上がれるのだから

■上も下も行けないよ 倒さない限り

■つまり、倒すしか道はないってこと

■剣はないけどな


 視聴者のコメントを読む限り、私は詰んでしまっているように思えた。


 いや、そもそもフレイムドラゴン・ロードに出会うそれ以前に詰んでしまっているという意見もあった。


 いったい私はどうしたらいいのだろう?

 私の苦悩に反比例するかのように、視聴者数が上がっていく。


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 今にもバズりそうな気配の中、私の心は絶望へと一直線に向かっていた。

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