第4話 どうしましょうか? 詰んでいませんか?
「どうしよう……。お兄ちゃんに怒られる……」
私の絶望の原因。
それはダンジョンから帰れないということはもちろん、神王の長剣を失ってしまったことが大きい。
私のお兄ちゃん。
名前は
年齢は25歳。
ダンジョンハンターとしての経歴は7年。そのたった7年で兄はワールドクラスプレイヤーとなった。
ワールドランキング2位。
世界で2番目に強いハンターだ。
思わずお兄ちゃんに怒られると呟いてしまったが、実際に怒られたことなんて一度もない。
お兄ちゃんは私を溺愛しており、私が何をしても怒ったことなんてない。
やさしいお兄ちゃんだった。
そんなお兄ちゃんをちょっと困らせようと思って持ち出した神王装備。
神王の長剣がドラゴンの右眼に刺さって持っていかれてしまった。
こっそり持ち出した装備はかなりの高級装備だった。
あの剣、12億円もするのか……
知っていたら持ち出さなかったのに……
■とりあえず、フレイムドラゴンとやらに突っ込もうか
■特攻あるのみ
■「剣を取り返そう」クエストが発動しました
■まず、マッピングじゃね?
ライブ配信の閲覧者数がどんどん増え、それに伴いコメントも増えていく。増えるコメントがあまりにも早い。
ユーザーを固定して、特定のユーザーのコメントだけを残すという機能もあるのだけれど、そんなことは考えもしなかった。
ぽんたさんもアクゾーさんも見つからず、アドバイスをしてくれたもりもりさんのコメントも見つからない。
とにかくも目に入ったコメントが頭に残る。
「えっと。まだ剣はロストしていません。ドラゴンに取られただけです。取り返します。でも、その前に、現状をなんとかしようと思います」
取られたんだろ、それをロストというんだよ。というツッコミは無視する。
「武器がないのは、かなりまずい状況です」
なんかいいアプリがないものか、と私はダンジョンデバイスを操作する。オートマッピングアプリを起動して、212層の探索を始めることにした。
最初に起動しておけよ、という視聴者のコメントは見なかったことにして、ドラゴンとは反対側の洞窟の奥へと歩を進める。
上を見上げると人が1人入れるほどの穴が上層へとつながっている。私はここから落ちてこの階層へとやってきたのだ。ここを登ることは不可能だろう。
もしかしたら、この階層で死ぬかもしれなかった。
本当はシューターを落ちまくっていた時点で私の運命は決まっていたのかもしれない。けれど、せめて記録だけは残しておこうと思った。ダンジョン配信は、ただダンジョンチューバーが小遣い稼ぎをするというだけのものではない。ダンジョンの攻略に必要となる情報を発信し、他のハンターの攻略を助けるためでもある。
ダンジョンを攻略しない限り、人類に未来はない。これはダンジョンと人類との戦いでもある。私のこの映像も、きっと少しくらいは将来の探索に役に立つはずなのだ。ここで死ぬことになったとしても、ダンジョンチューバーを始めた以上、そのくらいの貢献をしなくてはならない。
それに、お兄ちゃんが見ることになるかもしれないし、悲しい顔だけはしない。せめて、神王の長剣を取り返し、それを胸に抱いて死のう。
「この洞窟の探索を始めます」
ダンジョンデバイスで映像を映しながら私は歩く。
この階層に落ちてきたときとは逆方向へ歩いているから、ここは本当に人類未踏の地だ。
地響きが続く。
怒ったフレイムドラゴン・ロードが体を壁に打ち付けているに違いなかった。ドラゴンは相当にお怒りのようだ。
たぶん、やつはこっちに来れない。
ドラゴンは脅威だが、むしろ今の問題はダンジョンが生み出す他のモンスターたちだった。
武器を持っていないこの状況で、しかも212層のこの場所はかなり強力なモンスターが出現するものと思われる。
「まずは安全地帯を探そうと思います」
さっきからコメントがすごい勢いで流れていく。けれど、好き勝手にしゃべっているわけではない。私の行動や発言に反応していることは確かだ。
■そんなものは、ねえ
■あるはずがない
■ダンジョンなめすぎ
■上層にすら存在しないものが、下層にあると思うか?
コメントは否定的な意見ばかりだ。
■ぽんた:720°まわって面白い。ダンジョンで安全地帯を探すやつ、初めて見た
ひさしぶりに、ぽんたさんのコメントが目に入った。720°って、2回転してるじゃないですか。
とりあえず、地響きが続く中、ダンジョン内をうろうろとする。マッピング領域がどんどん増えていく。どうやらフレイムドラゴン・ロードがいる場所が階層の中央に当たるようだ。
私はドラゴンを中心としてぐるりと回るように歩いていた。道は複雑に入り組んでおり、時には坂を登ったり降りたり、二股や三股に分かれている道もあった。
けっこう歩いたつもりなのに、マッピング領域は約60%。というのも、ドラゴンがいる場所がかなり広いので、あまり踏破領域が増えていかないのだ。
それでも、歩ける範囲はほとんど歩いたのではないだろうか。
私はマッピングアプリに頼るだけでなく、実際に道をちゃんと覚えてもいる。空間把握能力もあると思うし、モンスターに遭遇しても、きっと逃げられるはずだ。
なぜかって?
だって、この212層に来るまでに何度もモンスターに追いかけられ、逃げ延び、シューターに落っこちて、……を繰り返してきたのだ。
逃げるのは得意なのだよ。
「さて、どうしましょうか?」
実のところ、私の顔は青ざめ、冷や汗が落ちている。
ライブ配信の悪いところは画面で自分の顔が見えてしまうことだ。それと、自撮りするときに映る背後の風景。
ここは狭い洞窟だ。
人が並んだら2,3人くらいしか通れない。
そんな私のずっと後ろには何かがうごめいている。巨大な虫のような存在だとか、獣のようなやつだとか、コウモリのような鳥のような大きな羽で飛んでいるモンスターだとか。
歩いて歩いて、歩き回って、そしてぞろぞろと得体のしれないモンスターたちが私が通ってきたルートを辿ってきた。
「なんだか、すごくたくさんのモンスターが集まってしまいました……」
どうやら本当に、走って逃げないといけないようです。
一斉に襲ってこないのは、私の神王装備を警戒しているから?
上層にいるモンスターたちは相手の強さにかかわらず襲ってくる。
でも下層へ降りるほど、モンスターの知的能力が上がり、自分より強いと思われるハンターと遭遇すると逃げることもあるそう。
私がレベル1だとわかったらまずいよね……
きっと一斉に襲ってくる。
神王の小手の能力を使うか……
私のような非力でも力持ちになれる、この能力を。
石を拾って、びゅんっ、と投げつければ。
1匹くらいは倒せる……だろうか……?
■やべえな、あの数
■モンスターを溜め込むのは一番の悪手
■本当に死んだな。集めちゃいけないんだよ、モンスターは
■大量のモンスターはパーティを全滅させることもある
■それにしても、見たことないモンスターばかりだな
■だから、デバイス解析使えって
■未発見モンスターには意味ないと思うよ
■1匹でもいいから倒せばレベルアップするんじゃ?
■ここでレベル上げして、ドラゴンに挑もう
■できないこと言うなよ。ここでレベルアップは無理
■百年かかるのでは?
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