第24話 無意識に動いちゃうことってあるよね

 壁に持たれて座りながら、目の前の壁をぼーっと眺める。


 座っているお尻がひんやりする。床は高そうな大理石。もうちょっとお尻を前に動かすと真っ赤な絨毯が引かれているのだけれど、動くのが面倒だし、壁に寄りかかっていたかったのでそのままでいた。


 シャンデリアがとても明るいので、廊下の壁の白さが際立つ。ぞろっと並んでいた鎧がいなくなってしまったので、とても殺風景だ。


 人間はいつもの習慣で無意識に行動してしまうものだ。ふと、イヤホンを耳にはめた。


 すでに何日もダンジョンに篭っている。動画を見ることもあるし、音楽を聴くこともある。

 ダンジョンで音を鳴らしてしまったらモンスターに襲われてしまうから、私はBluetoothで接続できるワイヤレスイヤホンを使っていた。


 思わず苦笑した。

 手元にダンジョンデバイスがないにもかかわらず、イヤホンだけを耳にはめているのだ。なんと間抜けな光景だろう。

 無意識でとった行動だが、この行動が私の運命を決めた。


 ピピ、と音がしてイヤホンとダンジョンデバイスの接続が確立する。デバイス機器とはそれほど遠く離れているわけではないはずなので、無線接続されるのは当然だ。


 だが、聞こえるはずのない音が聞こえてくる。


 なんだろう?

 リビングデッドがおかしな操作でもしたのだろうか?

 適当に触って、アプリが起動したとか?


 おーい、おーい、と誰かを呼ぶ声。

 声は複数で、まるで探るようだ。


 あてもなくただ呼びかけている。けれど、その呼びかけが私宛のものだと気がついた。


――おーい、ハルナっち

――お、つながった!

――ハルナっち、ハルナっち、ハルナっち、ハルナっちーーー!!


 たくさんの人の声だ。大勢が一斉に私に話しかけてきていた。


「え? どういうこと?」


 私はつぶやく。

 視聴者だ。ライブ配信の視聴者たちの声に違いなかった。


――聞こえてるかー? 聞こえたら返事してくれー

――そのイヤホン、マイクついてないの? ハンズフリー機能はある?


 ハンズフリー機能? 電話をかける時などにデバイスを口に近づけなくともそのまま手ぶらで会話ができる機能だ。


 イヤホンにはマイクが付いており、話をすることができる。

 本来はデバイスをポケットにいれるなどして、両手をあけたいときに使用する。


 私はイヤホンに付いている小さなボタンを押した。


「もし、もーし。聞こえますかー?」


――聞こえる、聞こえる。

――ばっちり。

――現在、作戦遂行中。


 どういうことだ?


 確かにライブ配信にはボイスチャットの機能は備わっている。けれど、私の配信はすでに何十万人もの視聴者がおり、ボイスチャットなんて使ってしまったら会話にならない。それに、ボイスチャット機能をオンにするにはデバイスの操作が必要だった。


――どうやって、やったのかわからないよね?

――やつらの知能を利用したんだよ。


 つまり、こういうことだった。

 リビングデッドはライブ配信中に流れている視聴者からのコメントを読んで理解している。それだけの知能があった。


 視聴者たちは裏で結託していた。絶対にリビングデッドに悟られないよう、表のコメントと裏のコメントで別に管理をすることにした。


 リビングデッドは死体である。死体であるがゆえに、生きていた時の感情や欲望の残滓が残っている。


 視聴者たちは馬鹿なフリをした。


 まるでリビングデッドの配信を面白がっているように振る舞い、スーパーチャットをし、リビングデッドの一挙手一投足にふざけているような対応をした。

 しかし、裏側では狡猾だった。


 リビングデッドの動きをすべてAIに学習させる。同調する行動を調べ上げ、AIは短時間で8パターンであると判定した。つまり、リビングデッドのオリジナルは8体のみ。


 そして、中央の司令塔となるリビングデッドは1体だ。


 高い知能を持つのはその1体だけであり、他の7体は操り人形のような傀儡でしかなかった。


 リビングデッドの正体は死霊。


 7体の死霊を操り、司令塔となる本体の死霊を守らせている。

 そして本体は過去に77層で討伐されている死霊魔法使いアンデッドウィザードの拡張版と判定された。

 死霊魔法使いアンデッドウィザードが人間に復讐すべく、配下を連れ、216層に現れた、ということらしい。


 西洋風の鎧は死霊魔法使いアンデッドウィザードであることを隠すための隠れ蓑。

 リビングデッドは人間についてあらかじめ知識を持っていることも分かった。

 ハンターがダンジョンチューバーとして配信を行っている様子を見ていたからだろう。


 視聴者たちはコメントを通して、リビングデッドに言葉を与えた。


 言葉を教えるのはリビングデッドの知力を高めることになり危険ではないかという意見もあった。

 意見は割れたが、結果的にはこれしかなかったと思える。

 なんとしても、ボイスチャット機能を使う必要があったからだ。

 

――ボイスチャットをオンにするまでが一番大変だったんだぜ


 視聴者は自慢げに語る。


 コメントを通して、リビングデッドをコントロール下に置いたのだ。

 つまり、言葉でリビングデッドを操ったわけだ。


 嘘の情報を敵に流し、知力が高いことを逆手に取る。

 敵の弱点は敵から引き出す。

 リビングデッドに言葉を教えたのもそのためだ。自ら語って貰う必要がある。


 春菜の間違った弱点を教える。

 春菜の間違った戦い方を伝える。

 そして、間違ったダンジョンデバイスの使い方を教えた。


 モンスターの調教、そして洗脳が完了する。


 完璧な作戦だった。


 私がお腹が空きすぎていて、今にも飢え死にしそうなくらいに、空腹であることを除けば。


 空腹で戦うのって、一番つらいんだよ……。


――じゃあ、これからの行動を伝えるな、よく聞いて覚えるように

――がんばってくださいね


 どの声も初めて聞いた、知らない人の声ばかりだった。けれど、最後の声。あれはなんとなく、もりもりさんの声だったような気がした。優しそうな女性の声だった。きっと年上のお姉さんだ。


 もりもりさんの声は聞いたことがないけれど。


 残る力を振り絞り、私は立ち上がる。


 さあ、あのふざけたセクハラ鎧野郎に鉄槌をくだしましょうか。


 あまりの空腹で、お腹がぐーっと鳴った。

 イヤホンとの距離があったため、お腹が鳴る音は視聴者に届かなかったようだ。

 それだけが幸いだ。


 イヤホンには髪をかけて隠した。視聴者の声を聞きながら戦っていることを気づかせてはいけない。

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