【KAC20247】灰色の春

阿々 亜

灰色の春

 俺の高校生活に色なんてなかった……

 少なくとも青なんかじゃない……

 白い紙の上の黒い文字と数字……

 そんな白と黒が入り混じった灰色……

 それが俺の高校生活の全てだった……


 俺の名前は堂島聡介どうじま そうすけ

 都内の高校に通う高校2年生だ。

 部活は帰宅部だが、ほぼ毎日塾に通っている。

 成績はいつも学年1~2位をキープしている。

 といっても、他の奴に比べて特段頭がいいわけではない。

 ただ、自分が持っているリソースを勉強に全振りしているだけだ。

 そう、俺はいわゆるガリ勉だ。

 友達はいない。

 まして彼女なんているはずもない。

 勉強仲間くらいはいるが、所詮同じ志望校の限られた椅子を奪い合うライバルだ。

 え、志望校がどこかって?

 決まってるだろ。

 この国の受験戦争のてっぺん……東京大学だよ。

 といっても理Ⅲじゃなくて理Ⅰだけどな。

 ただのガリ勉の俺が目指せるのはその辺が限界だ。

 なんで東大を目指すのかって?

 そうだな……

 俺は勉強しか能のない人間なんだ。

 スポーツはダメ。

 見た目は普通。

 コミュニケーション能力もない。

 ただ、勉強が嫌いじゃなかったから、学校の成績だけはずっと良かった。

 そんな俺が自分の価値を世間に示すには、東大に入るしかないんだ。

 いや、ちょっと違うな。

 自分で自分に価値があると信じられるようになるには、東大に入るしかないんだ。

 俺はそんな強迫観念に囚われた哀れな人間なんだ。


「堂島!!」


 学校の始業前。

 その日も俺は教室の最前列の席で、課題に勤しんでいた。

 課題といっても、学校ではなく塾の方のだ。

 かなりややこしい英訳問題と格闘していたところで、不意に後ろから声をかけられた。

 振り返ると、クラスメイトの岩永恵梨香いわなが えりかが立っていた。


「悪いんだけどさ、また数学の宿題写さしてくんない?」


 明らかにブリーチをかけている明るい髪、目元を強調したメイク、開いた襟元、短いスカート。

 教室という同じ空間にいるはずなのに、俺とは違う世界にいる人間だ。

 岩永は両手を合わせて「お願い!!」という表情をしている。

 俺は無言で鞄の中から数学のノートを取り出し、岩永に渡した。

 岩永は「サンキュ!!」と言ってノートを持って最後列の自分の席へ走り去っていった。

 俺はコンマ数秒だけ岩永の後ろ姿に見惚れてしまった。

 自分とは違う種類の人間。

 友達がたくさんいて、彼氏もいて、学校以外の時間を全部遊びに費やしている。

 全力で人生を謳歌している。

 青い春を生きている。

 羨ましくないといったら嘘になる。

 だけど、俺はあんな風には生きられない。

 俺は机の上の英訳問題に視線を戻した。

 白い紙の上に黒い文字がびっしりと並んでいる。

 これが俺の高校生活の全てなのだ。

 問題文を睨んでいると、黒い文字が踊りだし、背景の白と混ざり合う妄想に襲われる。

 黒と白は混ざり合い灰色になる。

 これが俺を包んでいる色なのだ。

 青ではなく灰色。

 俺はこの高校三年間を“灰色の春”の中で生きるしかないのだ。




 私の高校生活に色なんてなかった……

 少なくとも青なんかじゃない……

 白い紙の上の黒い文字と数字……

 そんな白と黒が入り混じった灰色……

 それが私の高校生活の全てだった……


 私の名前は荒川理沙あらかわ りさ

 都内の高校に通う高校2年生だ。

 部活は帰宅部だが、ほぼ毎日塾に通っている。

 成績はいつも学年1~2位をキープしている。

 といっても、他の人に比べて特段頭がいいわけではない。

 ただ、自分が持っているリソースを勉強に全振りしているだけだ。

 そう、私はいわゆるガリ勉だ。

 友達はいない。

 まして彼氏なんているはずもない。

 勉強仲間くらいはいるが、所詮同じ志望校の限られた椅子を奪い合うライバルだ。

 え、志望校がどこかって?

 決まってるでしょ。

 この国の受験戦争の頂点……東京大学よ。

 といっても理Ⅲじゃなくて理Ⅰだけどね。

 ただのガリ勉の私が目指せるのはその辺が限界だ。

 なんで東大を目指すのかって?

 そうね……

 私は勉強しか能のない人間なのよ。

 スポーツはダメ。

 見た目は普通。

 コミュニケーション能力もない。

 ただ、勉強が嫌いじゃなかったから、学校の成績だけはずっと良かった。

 そんな私が自分の価値を世間に示すには、東大に入るしかないのよ。

 いえ、ちょっと違うわね。

 自分で自分に価値があると信じられるようになるには、東大に入るしかないのよ。

 私はそんな強迫観念に囚われた哀れな人間なのよ。


「荒川!!」


 学校の始業前。

 その日も私は教室の最前列の席で、課題に勤しんでいた。

 課題といっても、学校ではなく塾の方のだ。

 かなりややこしい数学の問題と格闘していたところで、不意に後ろから声をかけられた。

 振り返ると、クラスメイトの中野美鈴なかの みすずが立っていた。


「悪いんだけどさ、また英語の宿題写さしてくんない?」


 明らかにブリーチをかけている明るい髪、目元を強調したメイク、開いた襟元、短いスカート。

 教室という同じ空間にいるはずなのに、私とは違う世界にいる人間だ。

 中野は両手を合わせて「お願い!!」という表情をしている。

 私は無言で鞄の中から英語のノートを取り出し、中野に渡した。

 中野は「サンキュ!!」と言ってノートを持って最後列の自分の席へ走り去っていった。

 私はコンマ数秒だけ中野の後ろ姿に見惚れてしまった。

 自分とは違う種類の人間。

 友達がたくさんいて、彼氏もいて、学校以外の時間を全部遊びに費やしている。

 全力で人生を謳歌している。

 青い春を生きている。

 羨ましくないといったら嘘になる。

 だけど、私はあんな風には生きられない。

 私は机の上の数学の問題に視線を戻した。

 白い紙の上に黒い数字がびっしりと並んでいる。

 これが私の高校生活の全てなのだ。

 問題文を睨んでいると、黒い数字が踊りだし、背景の白と混ざり合う妄想に襲われる。

 黒と白は混ざり合い灰色になる。

 これが私を包んでいる色なのだ。

 青ではなく灰色。

 私はこの高校三年間を“灰色の春”の中で生きるしかないのだ。











「理沙」


 堂島聡介は隣の席に座る荒川理沙に声をかけた。


「なに?」


「この英訳問題、もう解いた?」


 聡介は机の上に開いていた英語の問題集を理沙の方に差し出した。


「あー、これね……」


「単語は簡単なんだけど、文構造がマジでわけわからん」


「あ、聡介アンタ、冒頭のIを主語でとっちゃってるでしょ?」


「ああ……」


「これ、I am talking ofまではその手前のexamplesの従属節だよ」


「あ、そうか……」


「相変わらず英文解釈弱いわね」


「うるせ」


 理沙はニヤニヤと笑い、聡介の顔には苦渋の色が滲む。


「こっちも、ちょっと教えてほしいんだけど」


 理沙は聡介の問題集を返して、自分の数学の問題集を差し出した。


「このXの最大値を求めろってやつ、アプローチの仕方から全くわからないんだけど……」


「あー、それ、まずXに0を代入して、Yが存在することを確認して、そのあと、Xの範囲を出したらすぐ出るぞ」


「あ、そうか……」


「お前はこういうシンプルな問題弱いよな」


「うるさいわね」


 今度は逆に聡介がニヤニヤと笑い、理沙が苦渋の色を滲ませる。


「次の定期テスト、数学の範囲かなり広いから、今度の1位は俺かな」


「5勝4敗で、今のところ私の方が優勢よ。次の1位も連続で私がとるわ」


「言ってろ。必ず引きずりおろす」


 二人の間にバチバチと見えない火花が散る。


「あ、ところで、今度の日曜日の宅勉なんだけど、聡介んちにさせてもらってもいい?」


「え、先週も俺んちだったじゃん」


「今週末、お姉ちゃんが彼氏連れこむ計画してるの。そうなると前みたいにうるさいから……」


「あー、あれは最悪だった……しょうがない、うちでいいよ」


「やった! 聡介のお母さんのごはんおいしいから、今週も楽しみ♪」


 そんな二人のやりとりを最後列の岩永恵梨香と中野美鈴が冷ややかに見ていた。


「なあ、アイツらなんで付き合わねーの?」

「さあ、バカだからじゃね?」




 灰色の春 完






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