仕入れた情報、仕掛けた罠

 数日後。

 ユーフェミアはコンプトン侯爵家の王都の屋敷タウンハウスにいた。

 コンプトン侯爵令嬢ベアトリスからお茶会に招待されていたのだ。

「ベアトリス嬢、本日はお招きありがとうございます」

 ユーフェミアは淑女の笑みで挨拶をする。

「こちらこそ、お越しいただけて嬉しい限りでございますわ。あのソールズベリー伯爵夫人の娘であられるユーフェミア嬢とは是非お話ししたいと存じておりましたから」

 ベアトリスはふふっと品のある笑みだ。

 艶やかに波打つウェーブがかったダークブロンドの髪。サファイアのような青い目。まるで咲き誇るダリアを彷彿とさせる令嬢だ。

 その時、一人の令嬢がきょとんと首を傾げながら口を開く。

「ユーフェミア嬢のお母様はそんなに有名な方なのですか?」

 褐色の髪にグレーの目の、可愛らしい顔立ちの令嬢だ。

 彼女はクリフォード男爵令嬢シャーリー。

「まあ、シャーリー様、ご存知なくて? ソールズベリー伯爵夫人は現在の教務卿でございますのよ。女性で初めて主要ポストに着任したお方ですわ。ソールズベリー伯爵夫人が、ネンガルド王国の女性教育を改革なさったのです。更にあのお方は女性の新たな道を示してくださいましたの。少し前までこの国では貴族の女性が職を持つことはありませんでしたわ。ですが、ソールズベリー伯爵夫人が、貴族女性も仕事をするという道を切り開いたのですわ。そのお陰でわたくしは宮廷薬剤師を目指せるようになりましたの」

 ベアトリスがサファイアの目を輝かせて語った。

「お母様もベアトリス嬢のことは褒めておりましたわ。学ぶ意欲が素晴らしいと」

 ユーフェミアはふふっと微笑む。

「それは大変光栄でございますわ」

 ベアトリスは嬉しそうに表情を綻ばせた。

「ユーフェミア嬢のお母様は凄い方なのですね」

 シャーリーはユーフェミアに尊敬の眼差しを向けた。ユーフェミアを通してこの場にいないケイトのことを想像しているのだろう。


 その後もお茶会では令嬢達が色々な話に花を咲かせていた。

 特に盛り上がったのは婚約者の話だ。

「ベアトリス様、最近ご婚約者とはどんな感じなのですか?」

 シャーリーが興味津々な様子で身を乗り出した。

 するとベアトリスは頬を赤てサファイアの目を泳がせる。

「別に……アイザック様とは特に問題もなく良好ですわよ」

「本当ですか? ご婚約者から公然の場で情熱的に想いを告げられたのですから、もっとこう……熱い何かがあっても良いと思いますが」

 ニヤニヤするシャーリー。

「熱い何かって何ですのよ? そういうシャーリー様はどのような感じですの?」

 少しあたふたするベアトリス。

 するとシャーリーは嬉しそうに頬を赤らめる。

「実は少し前にテヴァルー子爵家からヴィンセント様と私の婚約の打診がありました」

「まあ、それはおめでたいですわね」

 ベアトリスは自分のことのように喜んでいた。他の令嬢達も、シャーリーのことを祝っている。

(ベアトリス嬢とシャーリー嬢、かなり仲が良いのね)

 ユーフェミアは二人のやり取りを見てそう判断した。

「ユーフェミア嬢はご婚約者がいらっしゃるのですよね?」

 シャーリーは興味ありげに聞いてきた。

「ええ。造船・船舶事業を円滑に進める為の政略的なものではありますが」

 ユーフェミアは淑女の笑みで答える。

 すると別の令嬢が口を開く。

「ユーフェミア嬢のご婚約者であられるクラレンス卿は女性の憧れですのよ」

 令嬢はライナスの姿を思い浮かべてうっとりとした様子だった。

 他の令嬢達もユーフェミアに羨望の眼差しを向けていた。

(ライナス様って本当に令嬢やご婦人方に人気があるのね)

 ユーフェミアはまるで他人事のように考えていた。


 話は次々と移り変わり、最近読んだ本の話になった。

 ユーフェミアが読んだ技術的な本の話は令嬢達には少し難しかったようだが、ベアトリスは興味深そうに聞き入っていた。

 そしてシャーリーが話し始める。

「最近、それぞれ別々に婚約者がいる者同士の男女が駆け落ちしてしまう本を読みました。やっぱり許されない恋に少しときめいてしまいます」

 シャーリーはうっとりとした様子だ。

「まあ、でしたらシャーリー様はテヴァルー卿ではない方と結ばれたいという願望がございますの?」

 ベアトリスが少し揶揄からかうような口調だ。

「いいえ、それとこれとは違います。私はヴィンセント様一筋ですし。駆け落ちとかそういうのは単なる物語だから面白いだけですよ。ほら、恋は障害があった方が盛り上がりますし」

 ふふっと楽しそうに笑うシャーリー。

(駆け落ち……)

 ユーフェミアは少し考え込む。

「まあ確かに、物語だから面白いというのは一理ありますわね。それに、もし本当にそんなことをしたら本来の婚約者に不義理ですし、新聞に面白おかしく書かれてしまいますわ。ほら、駆け落ちではないけれど、チェスター伯爵家のカレン嬢が社交界で騒ぎを起こして修道院行きになったこと、新聞ではかなり悪意のある書き方をされていましたわ」

 他の令嬢が少し楽しそうに笑った。

(新聞記事……)

 ユーフェミアの中に、ある考えが思い浮かんだ。

「シャーリー嬢、その小説のタイトルを教えていただけますか?」

 ユーフェミアはふふっと微笑み、シャーリーに聞いた。

「良いですよ。でも何か意外ですね。ユーフェミア嬢がロマンス小説に興味を持つなんて」

 シャーリーはグレーの目を丸くしてきょとんとしていた。

「そうでしょうか?」

 ユーフェミアは少し意味ありげに微笑んだ。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 数日後。

 ユーフェミア達はまた四人のサロンを開いていた。

 今回はポーレット侯爵家の王都の屋敷タウンハウスに集まっている。

 四人で読書会をする予定なのだ。

「オリバー様、もっと面白い本はありませんの?」

 コレットはオリバーが持って来た工学や技術系の本に大して不満気だ。

「すまないね、コレット嬢。僕はあまり君が好む本を読まないんだ」

 困ったように微笑むオリバー。

 するとユーフェミアはふふっと淑女の笑みを浮かべる。

「コレット様、でしたらこちらの本はいかがでしょう? この前のお茶会でクリフォード男爵家のシャーリー嬢に教えていただいたロマンス小説でございますの」

 ユーフェミアはシャーリーから聞いた本をコレットに差し出した。

「ユーフェミア嬢がロマンス小説……正直意外だ」

 ライナスはエメラルドの目を丸くしている。

「ユーフェミア様、この小説、どういったお話しですの?」

 コレットは興味ありげに首を傾げてた。

「お互い別の婚約者がいる者同士の男女が駆け落ちしてしまう物語ですわ。シャーリー嬢曰く、恋には障害があった方がより燃え上がるんですって。確かに、障害を乗り越えて実らせた恋はより達成感ありますわよね」

 ユーフェミアはクスッと笑い、コレットとライナスを見た。

 コレットはターコイズの目を大きく見開き、ユーフェミアから渡された小説を見ている。

 ライナスの方も、少しだけ表情が固くなった。

 こうして、四人の読書会が始まった。

 ユーフェミアは本を読む他の者達の表情をチラリと観察する。

 オリバーは技術書をじっくり読んでいる。眼鏡の奥から覗くクリソベリルの目は真剣だった。

 ライナスは本を読みながら少しだけコレットの方も見ている。

 そしてコレットはユーフェミアが進めた小説を食い入るように読んでいた。

(さあ、どう転ぶかしらね?)

 ユーフェミアは何かを企んだように、ほんの少し口角を上げた。

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