婚約者を入れ替えられない事情
ある日、ユーフェミア達は四人でピクニックへ行くことになった。
場所はクラレンス公爵領。
水晶のように透き通る湖に、咲き誇る花々。
自然豊かなこの場所はピクニックに最適である。
「素敵な場所ですわね」
ユーフェミアはそっと目を閉じ、心地良い風を感じている。
「確かに、空気が澄んでいる」
オリバーは深呼吸をし、伸びをする。
「クラレンス公爵領の中でもお勧めの場所だ」
得意気に微笑むライナス。
「まあ、ライナス様が選んだ場所ですの? 素晴らしいですわ。流石はライナス様」
鈴が鳴るような声で、明るくターコイズの目を輝かせるコレット。
「コレット嬢にそう言ってもらえて嬉しいよ」
ライナスはエメラルドの目を嬉しそうに細めた。
(ライナス様、満面の笑みね。あの表情、コレット様に向ける時だけに見せているわ。ライナス様もコレット様も、相変わらず本当に分かりやすいわね)
ユーフェミアは少し呆れたように微笑む。
そしてチラリとオリバーに目を向ける。
オリバーは欠伸をした。その影響で、眼鏡の奥のクリソベリルの目からは少し涙が零れた。
「オリバー様、寝不足ですか?」
ユーフェミアはクスッと笑う。
「ああ、そうだね。昨日読んだ蒸気機関と機械工学の本が面白くて、ついつい夜更かししてしまったよ」
ハハっと笑うオリバー。
「左様でございますか。どのような本か教えていただけますか?
ヘーゼルの目を輝かせるユーフェミア。
ユーフェミアは演劇やオーケストラよりも技術的なことの方に興味があるのだ。
「ああ。今日も持って来ている。僕も、ユーフェミア嬢との議論、楽しみだ」
眼鏡の奥の、オリバーのクリソベリルの目が輝いた。
ユーフェミアは婚約者であるライナスよりも、コレットの婚約者であるオリバーの方が気が合うのだ。
「ねえ、ライナス様、一緒にボートに乗りましょう」
コレットは二人乗りのボートを指差し、上目遣いでライナスにお願いする。
「コレット嬢と二人でボートに……」
ライナスはチラリとユーフェミアに目を向ける。
一応婚約者であるユーフェミアのことを気にしているようだ。
ユーフェミアは気品ある淑女の笑みになる。
「ライナス様、どうぞ楽しんで来てください。
するとライナスの表情は明るくなる。
「ありがとう、ユーフェミア嬢。では、コレット嬢と行ってくる」
「オリバー様、行って参りますわね」
コレットも婚約者であるオリバーにそう言い、二人でボートに乗りに行ってしまった。
「オリバー様はよろしいのです? あの二人、行ってしまいましたわ」
ユーフェミアは苦笑しながらオリバーに聞いた。
するとオリバーも困ったように苦笑する。
「仕方ないさ。いずれ僕とコレット嬢は事業の為に結婚する。それまでに自由を楽しませてあげるのも良いかなと思ってね。僕も、どちらかと言うと造船技術や蒸気機関などの技術的な知識を詰め込むのに没頭したいし」
「左様でございますか。……家同士のパワーバランスを考えても、オリバー様とコレット様、ライナス様と
ユーフェミアは淑女の笑みで、ボートに乗っているライナスとコレットを見つめていた。
オリバーはユーフェミアが何を考えているのか読み取ることが出来なかった。
(とりあえず、今はあの二人のことは放置でいいわ)
フッと笑うユーフェミアであった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
ピクニックを終え、ユーフェミアはソールズベリー伯爵家の
「ユーフェミア、帰って来たんだね」
「はい。ただいま戻りました、お父様」
ユーフェミアを出迎えたのは彼女の父でソールズベリー伯爵家当主のジェームズ。
ユーフェミアと同じ、褐色の髪にヘーゼルの目である。
「あら、フェミー。お帰りなさい」
「お母様」
ユーフェミアのことを愛称で呼ぶ、母でありソールズベリー伯爵夫人のケイトもやって来た。
艶やかな赤毛にエメラルドのような緑の目。はっきりとした、気が強そうな顔立ちだ。ユーフェミアの顔立ちはケイトに似たのである。
「今日もライナス様はコレット様と仲良くしていらっしゃいましたわ」
ユーフェミアは苦笑しながら困ったようにため息をつく。
「あらあら。やっぱりフェミーはオリバー卿と婚約させた方が良かったかもしれないわね」
ケイトも困ったように苦笑している。
「相性的にはそうだけれどね。ネンガルド王国内の貴族のパワーバランス、それから、クラレンス公爵家派閥じゃないソールズベリー伯爵家としては、ユーフェミアとライナス卿の婚約でクラレンス公爵家派閥の貴族達ともパイプを持っておきたいというのもあるんだ」
ジェームズも難しい顔で少し考え込んでいる。
「やはりそうですわよね。……大丈夫ですわ。ライナス様と結婚したとしても、上手くやっていく自信はございます」
ユーフェミアは自信ありげに微笑む。
「フェミーがそう言うのなら、それで良いのだけれど」
ほんの少し心配そうなケイト。
「分かった。でも、くれぐれも無理はしないこと」
ジェームズも少し心配そうだったが、フッと微笑んだ。
「ありがとうございます」
ユーフェミアは自室へ戻ろうとした。
「ああ、フェミー、待ってちょうだい」
ケイトがユーフェミアを引き留めた。
「お母様、どうかなさいました?」
きょとんと首を傾げるユーフェミアに、ケイトは一通の手紙を渡した。
「フェミー宛てにお茶会の招待状よ。コンプトン侯爵家のベアトリス嬢から。まさかフェミーがベアトリス嬢と知り合っていたなんて驚きよ」
「そういえば、ベアトリス嬢とはこの前の夜会で知り合ったのですわ。お母様は、ベアトリス嬢のことをご存知なのですね」
「ええ。彼女、私に色々と質問をくれるのよ。学ぶ意欲があって好感が持てるわ」
ふふっと笑うケイト。
「ケイトは教務卿として女性の教育環境を整えているからね」
ジェームズは優しくヘーゼルの目を細めた。
「左様でございますわね」
ユーフェミアはふふっと笑った。
そして、ベアトリスからのお茶会に向けて準備をするのであった。
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