未必のコイ

造船・船舶事業の為の政略結婚

 ネンガルド王国のソールズベリー伯爵家、ポーレット侯爵家、クラレンス公爵家、ウォレック伯爵家は四家合同でとある事業を進めようとしている。

 蒸気機関で進む大型船の造船及び大勢の人や物を運ぶ船舶事業だ。


 ソールズベリー伯爵家は領地が蒸気機関に必要な石炭の産出量がネンガルド王国トップ。そして蒸気機関技術を得意とするグロスター伯爵家と繋がりがある。

 ポーレット侯爵家の領地は造船業が盛んであり、最新の造船技術を誇る。

 クラレンス公爵家の領地は海に面しており大きな港がある。島国であるネンガルド王国にとって貿易の要衝だ。

 ウォレック伯爵家の領地は造船に必要な金属の産地である。


 この四家は事業をスムーズに進める為、各々の娘や息子を政略結婚させることにした。

 ソールズベリー伯爵家の令嬢ユーフェミアはクラレンス公爵家の令息ライナスと、ポーレット侯爵家の令息オリバーはウォレック伯爵家の令嬢コレットと、それぞれ幼い頃から婚約者同士になったのである。

 こうして、この四人の交流が始まった。






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 数年後。

「あら、今日はライナス様は遅いのですわね」

 褐色の髪にヘーゼルの目の、はっきりとした顔立ちの少女がライナスの不在に首を傾げている。


 彼女はユーフェミア・ケイト・ソールズベリー。今年十七歳になる、ソールズベリー伯爵家の次女だ。


「ライナスのことだ。きっとご令嬢やご婦人方に捕まっているんじゃないか?」

 ダークブロンドの髪にクリソベリルのような緑の目。そして眼鏡をかけており、そばかすがある少年がクスッと笑う。

 彼は蒸気機関に関する技術書の本を抱えていた。


 彼はオリバー・グレアム・ポーレット。今年十八歳になる、ポーレット公爵家の長男である。


「ライナス様は誰もが見惚れてしまうほどの顔立ちですもの。おまけに話題選びもお上手ですし。仕方ないですわ」

 赤茶色の髪にターコイズのような青い目で、可愛らしい顔立ちの少女がうっとりした表情でそう言う。


 彼女はコレット・ヴァージニア・ウォレック。今年十六歳になる、ウォレック伯爵家の長女だ。


 その時、三人がいる部屋の扉がノックされた。

 入って来たのはアッシュブロンドの髪にエメラルドのような緑の目の、華やかな見た目の少年。

「遅れて申し訳ない」

「まあ! ライナス様!」

 コレットは入って来た少年−−ライナスの姿を見るなりターコイズの目を輝かせた。


 ライナス・ブライアン・クラレンス。今年十七歳になる、クラレンス公爵家の長男だ。

 彼は社交界デビュー以降、その見た目により注目の的なのである。

 ポーレットの婚約者はオリバーなのだが、彼女はライナスに胸をときめかせてしまっている。

 ユーフェミアとオリバーはお互いに目を合わせ、困ったように微笑んだ。


 ユーフェミア達は婚約者との仲を深めたり、将来家督や事業を継いだ際にスムーズにことが進むよう、こうして四人だけのサロンを開き交流しているのだ。


「ねえ皆様、最近何か面白いことはございまして?」

 コレットがターコイズの目を輝かせながら微笑む。

 すると、コレットの婚約者であるオリバーが口を開く。

「それなら、造船に用いる新たな金属素材が発見されたことかな。船は従来なら木造が主流だったけれど、最近は金属素材も使われるようになっていてね。それで、ウォレック伯爵領でもその金属が採掘されるんだけど、コレット嬢は知っているかな?」

「……いえ、存じ上げておりませんわ」

 コレットはあまり興味がなさそうな様子で扇子を口元で広げる。

(コレット様、欠伸あくびをしたわね。面白いお話なのに)

 ユーフェミアはチラリと横目でコレットの反応を見て、ヘーゼルの目を少し冷たく細めた。

「それと、最近船の推進力になる蒸気機関の効率化の実験が成功してね」

 オリバーの言葉にユーフェミアは眉をピクリと動かす。

(蒸気機関の効率化成功ですって……!?)

 ユーフェミアのヘーゼルの目がキラキラと輝いた。

「まあまだ実験段階なのだけど」

「オリバー様、そのような堅苦しいお話よりも、もっと他に面白かったことはございませんの? 例えば最近見た演劇やオーケストラなど」

 コレットは不満気な表情である。彼女にとってオリバーの技術的な話はつまらないのである。

(オリバー様のお話はとても興味深くて面白いのに……)

 ユーフェミアは顔には出さないがコレットがオリバーの話を遮ったことが不満だった。

「だったら、最近アトゥサリ王国のオーケストラがネンガルド王国にも公演しに来るみたいだよ。アトゥサリ王国は音楽の都としても有名だしさ」

 ライナスは甘い笑みで話し始める。

 すると、コレットはターコイズの目を輝かせながら聞き入った。その頬はほんのり赤く染まっている。

(コレット様、色々と露骨ね。ライナスに好意があることがバレバレよ)

 ユーフェミアは内心苦笑する。

 そしてライナスの視線に注目する。

 ライナスのエメラルドの目は、ユーフェミア三割、オリバー二割、そして残り五割はコレットを見つめていた。そしてコレットを見る時だけほんの少し瞳孔が大きくなっているように感じた。

(ライナス様もコレット様に好意があることが分かるわ。言葉以外にも仕草や視線で情報が丸分かりなのよね)

 ユーフェミアは若干呆れながらフッと口角を上げた。

 その時、オリバーと目が合った。

 眼鏡の奥から覗くクリソベリルの目は、どこが困ったようである。

(オリバー様も大変ね)

 ユーフェミアも困ったように微笑む。

(だけど、これだけは伝えておかないと)

 ユーフェミアはそっとオリバーに耳打ちをする。

わたくしはオリバー様のお話、面白いと思いますわよ。今度造船に関する金属部材や蒸気機関の効率化についてもっとお聞かせください」

 ユーフェミアは楽しそうにふふっと微笑んだ。

「わかったよ、ユーフェミア嬢」

 オリバーはクリソベリルの目を、少し嬉しそうに細めた。


 ユーフェミアとライナス、オリバーとコレット。それぞれ造船・船舶事業をスムーズに進める為に婚約者同士になったのだが、雲行きはほんの少しだけ怪しくなっていた。

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