駆け落ち騒動、そして……

 時が経過し、ついにオリバーとコレットの結婚式が一ヶ月後に迫った時。

 事件は起きた。


 コレットがライナスと逃げ出したのだ。

 ご丁寧にコレットは『私はライナスが好きなので、このままオリバー様と結婚するのは耐えられません』と置き手紙を残していた。

 一方、ライナスも『俺はコレット嬢を愛している。この気持ちに嘘はつけない』と置き手紙を残していた。


 四家の者達はこのことに大慌てした。

 特に、クラレンス公爵家やウォレック伯爵家の者達のは死に物狂いで二人を探している。

 そんな中、ユーフェミアは非常に、異常な程に落ち着いていた。

(なるほど。そっちに転んだのね)

 皆が慌てている中、ユーフェミアも慌てているふりをし、ほんのり口角を上げた。


 三日後、ようやくコレットとライナスが見つかり連れ戻された。


 そして更に騒動は大きくなる。

 未婚の令嬢であるコレットがライナスと一晩過ごしたことを面白おかしく新聞記事にされたのだ。

 まるでコレットがライナスと関係を持ち純潔を失ったような書かれ方である。

 これはコレット本人にとっても、ウォレック伯爵家にとっても手痛い醜聞だ。

 コレットはライナスのことは愛しているが、まだ関係を持っていないと必死に両親や周囲に伝えた。

 ライナスもまだコレットとはそういう関係は持っていないと言う。

 しかし、コレットとライナスはお目付け役不在の中、三日も二人きりで過ごしている事実がある。たとえ二人が体の関係はないと言い張っても、状況的に考えてそれを証明するのが難しいのだ。

 こうして、コレットは未婚のうちに純潔を失った破廉恥な令嬢、ライナスは未婚の令嬢の純潔を奪った卑劣漢として社交界で面白おかしく噂になるのであった。


 当然、ユーフェミアとライナス、オリバーとコレットの婚約についても考え直す必要が出て来た。

 大型の造船・船舶事業はネンガルド王国としても是非とも進めたいものであった。

 国内の貴族のパワーバランスを考えたかったが、ここは事業を成功させた方が国益になると王家から結論が出た。

 よって、醜聞があるコレットとライナスを婚約させ、ユーフェミアは新たにオリバーと婚約することになった。

 その際、ユーフェミアもオリバーも、クラレンス公爵家やウォレック伯爵家から莫大な慰謝料をもらった。それらの慰謝料はユーフェミアが新たにポーレット侯爵家に嫁ぐ際の持参金となる。


 ちなみに、この騒動を起こしたライナスとコレットは結婚後クラレンス公爵領から出ることは許されず、社交界から完全に締め出されることになった。

 ライナスはクラレンス公爵家長男で次期当主だったが廃嫡され、新たに彼の弟が次期当主になることが確定した。


 オリバーとの結婚式まで一ヶ月もないのでユーフェミア達は急いで準備をした。

 そして奇跡的にユーフェミアのウェディングドレスもアクセサリーも、結婚式二週間前には揃っていたのだ。






−−−−−−−−−−−






 結婚式前日。

 ポーレット侯爵家の王都の屋敷タウンハウスにて。

「オリバー様、色々とありましたが、わたくしとの結婚をどう思われますか?」

 翌日の結婚式の打ち合わせ中、ユーフェミアはオリバーにそう質問した。

「そうだな……正直に言うと、僕の結婚相手がユーフェミア嬢になって良かったと思っているよ。君と話していると楽しいし。技術的な話を堂々と出来る」

 オリバーの眼鏡の奥から覗くクリソベリルの目は、優しくユーフェミアを見つめていた。

「そう仰っていただけて光栄でございますわ」

 ユーフェミアはホッとしたような表情になる。そして言葉を続ける。

わたくしも、オリバー様と技術的なお話をするのは楽しいですから、婚約者がオリバー様になってとても嬉しいですわ」

 ユーフェミアは真っ直ぐヘーゼルの目をオリバーに向けた。

 するとオリバーはほんの少し表情を赤らめる。

「ユーフェミア嬢となら」

「どうぞ、フェミーとお呼びください。明日からはもう夫婦でございますので」

 ユーフェミアはクスッと悪戯っぽく笑う。

「じゃあ……フェミー」

 オリバーは少し照れながらぎこちなくそう呼んだ。

「うん、フェミーとなら、この先もきっと上手くやって行けそうだ」

 眼鏡の奥から覗く、オリバーのクリソベリルの目は嬉しそうだった。そして彼は言葉を続ける。

「正直、コレット嬢とは話が合わなかったからね。もしあのままコレット嬢と結婚するとしたら、きっと苦労するんだろうなって思っていたよ」

 オリバーは苦笑する。

「まあ、オリバー様ったら」

 クスッと楽しそうに笑うユーフェミア。

「そうだ、オリバー様。明日の結婚式はこちらのカフスボタンとブローチを着用していただけたらと存じますわ」

 ユーフェミアは思い出したように、オリバーにラッピングされた小箱を手渡す。


 中に入っていたのは、ヘーゼルカラーのスフェーンのカフスボタンとブローチ。


「これは……フェミーの目と同じ色だね」

 少し頬を赤ながら嬉しそうにクリソベリルの目を細めるオリバー。

「ええ。わたくしも、明日は……いえ、明日からは堂々とオリバー様の目と同じクリソベリルのアクセサリーを着用することが出来ますわ」

 心底嬉しそうなユーフェミアである。


 翌日。

 盛大に行われたユーフェミアとオリバーの結婚式。

 純白のドレスに身を包んだユーフェミアは、オリバーの目と同じクリソベリルのネックレスを身に着けている。

 その隣でオリバーも、純白のタキシードにユーフェミアの目と同じヘーゼルカラーのスフェーンのカフスボタンとブローチを身に着けていた。

 二人はこの先の未来に期待を込め、生き生きとした表情であった。

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