稽古ってこうなんだ(錯乱)

ケレンさんはそう言い、肩に小さな鞄を背負うと、ドアを開けて外に出た。俺もケレンさんに続いて外に出る。


その瞬間、おもわず眩しくて目を細めた。明るい光が差し込んだからだ。

2年間はあまり光が当たらない洞窟に暮らしていたからか、目が光に慣れていないようだった。



だが、数分もすると少し目が光に慣れてきたので、周囲を確認してみることにした。


ぐるりと周囲を見渡してみると、この家は森林に囲まれ、一方が崖になっているところに立っているようだった。崖の麓からは水平線の彼方、雲が霞んでいるところまで、森が広がっている。

家は木材でできていて、ところどころにツタが伸びていることからツリーハウスのようだ。だが、そのツタは古く汚く見せるのではなく、青く茂り、この木造の家の良さを引き立てている。


これだけ見ると地球にもあった自然と家の絶景だが、地球にある場所とは決定的に異なるところがある。


それは、魔獣が闊歩しているところだ。たしかに空気も地球とは少し違う感じがするが、そこよりも重要だ。

この崖から麓へは結構な高さがあるが、それでも見えるような巨体が数体森の中を歩き回っていた。



実際にこの世界の一部を見、ここは異世界なんだなあと再認識する。


じっと見ていると、動かない俺にしびれを切らしたのだろう。ケレンさんが


「ノア、行くぞ!いつまでもそうしていたら日が暮れちまう!」


と遠くから大声で俺に呼びかけた。

渋々俺はその場から立ち去りケレンさんの方へ行く。


「そんなことに驚いてたらきりがねえぞ。魔獣と実際にお前は戦うんだからな!」



俺がケレンさんに追いつくと、ケレンさんは焦りの表情を一転させて、にやりと笑いながらいった。


…ん?幻聴が聞こえた気がする。いくら俺が普通ではないといえど、2歳児に魔獣と戦わせる?そんな馬鹿な。



つかれたのかなあと思いながら、俺はケレンさんについて行った。

このときに気づかなかったことを後に後悔することになる。



✕✕✕



しばらく森の草をかき分けかき分け進むと、岩が集まり穴のようになっているところについた。ケレンさんがここで立ち止まったところを見るにここが目的地のようだ。


「ノア、お前は1日ここで生き残れ。ここは、Fランクダンジョンだ。これが食料と松明だ。」


「え?」


ケレンさんが理解不能の言語を発した。えふらんくダンジョン?いきのこれ?俺は稽古に来たはずだけど。

何もわからないまま言われたとおりに食料と松明を受け取る。


「よし!実戦経験が一番だ!死にそうになったら助けてやるから安心していってこい!」


「え?ケレンさん何…。」


ケレンさんに対し、疑問を口にしようとしたところで、体が地面を離れた。遅れて認識する。俺はケレンさんに担ぎ上げられていた。


良くわからないがなにかこのままじゃだめだという直感が働き慌てて逃げようと暴れる。だが、時すでに遅し。ケレンさんはいとも簡単に俺を穴に落とし、入口を岩でふさいだ。


当然、この世界にもある重力で俺は穴の中に落ちていく。



「ケレンさんのクソやろおぉぉぉぉ!俺は魔香持ちだし、2歳児だああああぁ!!」



落ちていきながら俺の虚しい声が洞窟内を反響した。




✕✕✕✕✕




ケレンさんにFランクダンジョンに突き落とされてから、十三年の月日が流れた。


今の俺は15歳、日本で言えば中3から高1くらいの年頃だ。まあ、前世の精神年齢も合わせれば、もっと高いけれども。



はじめに落とされて、1日をダンジョンで過ごした後に知ったことだが、ケレンさんの稽古とはこうだった。ダンジョン――たくさんの魔獣が住処とする大きな洞窟のこと――で、1日中ひたすら魔獣と戦い、夜にはどこからかケレンさんがやってきて、入口の岩をどける。

それからケレンさんの家に帰り、今日の良くなかった点や、少しずつ魔法の使い方を教える。



結果として、この稽古には効果があった。



魔香の効果もあり、実際に大量の魔獣を倒しまくって効率的にレベルを上げられたのだ。魔香も使いこなせるようにもなった。


俺がこの年齢でこれくらい強くなれたのは魔香とケレンさんのおかげだと思う。




…思う、思うけれども、Fランクダンジョンに何も知らせず、2歳児を突き落とすのは違うと思う。


ケレンさんに突き落とされた後、冗談抜きで死にそうになったのだ。

そのダンジョンにいたのは日本で最弱種族だと知られるスライムだったけれども、消化液を発射してくるとか、2歳児にとって凶器に決まってるでしょ。

しかも、魔香の効果で大量に寄ってくるという効果付きである。




まあ俺は、そんな過酷な稽古を13年間続けた。

今はCランクダンジョンを攻略し終えたところだ。


俺のかつての宿敵の上位変換とも言える、このダンジョンのボス、巨大な熊を思い浮かべながら、ダンジョンのひんやりとした壁に横たわった。


ダンジョンは魔獣が徘徊している。普通の冒険者なら、このようなくぼみに隠れたら少しは休憩できるが、俺は魔香持ちだ。


どこに隠れても魔獣が通常時なら寄ってくる。通常時なら、だ。

だが、俺にはこの13年間で身につけたスキル『遮断』がある。このスキルはスキルや自分の姿を隠すだけでなく、魔香のようなスキルのオン、オフができるのだ。

このスキルの恩恵によって、俺のダンジョン探索はずいぶん楽になった。


「おおっ、ノア!お前Cランクダンジョンを攻略したのか!!」


どんなに頑張ってもケレンさんには見つかってしまうけれども。


どこからかひょっこり現れたケレンさんは、ぐいっと俺の体を引き上げ、背中に背負った。


背負われるのは小さい時からずっとだ。いつも満身創痍になっていた俺をケレンさんが背負いあげ、家に運んでいた。

素性の知れない俺を、ここまで育ててくれたのはケレンさんだ。

ケレンさんはこの世界での親だった。計り知れないほどの恩がある。

前世の親も大切だけれど、ケレンさんも大切な親だ。どちらも同じくらい大切で、比べられない。

何故かどことなく感慨深い気持ちになりながら、戦いの疲れに負けて目を瞑った。



✕✕✕✕✕


#<名前>ノア(家名なし)


<HP> 500 /500

<MP> 900/900

<筋力> 300

<体力> 360

<瞬発力>300


:レベル 50

:固有スキル "魔香"

:効果 "魔獣を引き寄せる"(※聖域では効果なし)


<スキル> 『超強化Lv.15』〈『魔力制御Lv.10』『気配察知Lv.10』『身体強化Lv.10』〉


『鑑定Lv.20 Max』『闇魔術Lv50』『光魔術Lv.50』『言語理解Lv.10Max』『精神耐性Lv.9』『遮断Lv.10』『ダメージ軽減Lv.9』『闇属性耐性Lv.50』『光属性耐性Lv.50』#




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