初めての外と


今日でちょうど2歳になった。


生まれてから2年間で喋れるようになったり、ずいぶん成長したし、この世界に慣れてきたと思う。


しかし、順調だった日々に、突然ピンチは訪

れた。というか今ピンチ真っ最中だ。


…食料が尽きました☆



まあ普通に考えて無理のないことだ。

いくらそんなに食べない赤ん坊だって、1年ほど食べ続ければ、大きな袋一個じゃ足りないに決まってる。


もう異世界の外を見たいとか、そういう次元の話じゃない。外にでないと餓死するのだ。



そして。俺はこの世界に来て初めて、洞窟から外に出てみることにしたのだった。



座っていた岩から立ち上がると、小さくお腹がなる。…本当にやばいかもしれない…。


眼の前がゆらゆらと揺れ始めた。地震かな?


フラフラとしながら、洞窟上に空いている小さな穴の下まで歩く。


この体だと歩くのは、結構きついしコツが居るので、普通の赤ん坊だったら、これができるまで時間がかかるのも納得がいく。体の調子の問題かもしれないけど。


岩の少しへこんだ部分に手をかけ、クライミングのように登っていく。

順調に登ってきていていたが、足を持ち上げた瞬間体が傾き、下に落ちた。力が抜けやすいのもあってなかなか難しい。


あまり高さはないため怪我はないが、やっぱり後ろに傾いて、落ちるのは精神的に怖い。



✕✕✕



でも、何回か挑戦しているとだんだんコツが掴めてきた。

10回目の挑戦で落ちたところで、また手をへこみにかけて、前に体重を傾けながら、ゆっくりと登っていく。集中して登っていると、手が穴のふちを握った。

そこからは、両手で穴の縁を掴み、身を乗り出す。


身を乗り出すと、低いながら周りの景色が見えた。

ここの洞窟の周りだけぽっかりと野原が広がっているが、周りは森のようだ。

薄暗く、どこか嫌な感じのする森だ。

その森をじっと見ているとカサカサと茂みが揺れ、大きな生物が現れた。


「あう?!…ふごっ(くま!?…ふごっ)」


大きな叫び声を出す前に、自分で口を塞いだ。

この世界に来てから、鏡を見たことはないし、そもそもあるかどうかもわからないが、見なくても、顔が真っ青になっているのがわかる。


熊のような姿形はしているが、地球の熊とはまったく違う。

真っ黒な体をしていて、眉間から、それもまた黒い鋭く尖った角が二本生えている。目は赤くギラギラとしていて、口の中には凶悪な牙が並んでいた。


もしかしたら、あれが魔獣とよばれる存在かもしれないと、震えながら他人事のように思う。


幸いこちらには気づいていないようで、カサカサと森のしげみを動き回っていた。

すると突然熊のような生物は、素早く手を動かした。

手の先を見ると、慌てて逃げている小さなうさぎがいる。熊のような生物はそれを一瞬で捉えると、噛み砕いて飲み込んだ。


自分が食われたような気がして、背中に冷たい汗が流れる。


俺もあんなふうに。


もしかしたら俺はちゃんと理解できていなかったのかもしれない。


この世界は現実だということを。


この世界はゲームではない。切られれば血が出るし、痛みも感じる。一瞬で命が消え飛ぶ。

俺はどこかでこの世界をゲームだと思っていたのかもしれない。確かに、ゲームのようにレベルが上がるし、スキルもある。

だが、この世界は現実だ。


この世界に来てから、はじめて涙が出た。怖いという気持ちが、体を支配する。


手から力が抜け、いとも簡単に体が下に落ちる。


どすん。


さっき練習していたときよりも、硬いところに落ちたからか、高いところから落ちたからか、大きな音がなった。


「うぅ、いたっ。」


ギシギシと体が痛む。下は岩肌だった。

どうにか起き上がろうとしていると、目があった。


…何とあったかは言わずともわかるだろう。

さっき俺がいた小さな洞窟の穴から、ギラギラした赤い目が覗いていた。

片目しか、穴から力が覗いていないことを考えて、相当に大きい。


蛇に睨まれた蛙のように俺の体から力が抜け、動けなくなった。


「グルルルルゥッ゙!!」


熊のような生物はそう唸り声を上げると、一歩後ろにさがった。


刹那。


大きな轟音が響き渡り、洞窟の壁が砕けた。

ボロボロと崩れていく洞窟の、残骸を見て呆然とする。

本当に怖かったが、この壁は崩れないと思っていた。


呆然としている間にも、崩されていく壁と聖域の薄いバリア。

もともとそこまで効力のない聖域は、2年の日々によって劣化していた。


石壁の壊れたところが、自分が入れるくらいの大きさになると、熊のような生物は、大きな音を立てて、飛び降りてきた。


熊のような生物と目があった。あれは、獲物に向ける目だ。熊のような生物はえものに向かって、腕を振り上げた。


的確にえものにめがけてその腕は振り下ろされた。


冷たく鋭いかぎ爪が迫る。


反射的に涙がぼろぼろとこぼれた。


「ううぅ、うぅ。うああぁ。うえーっーんっ!!」


本当に子どものように泣いた。とめどなく涙が溢れる。

死にたくない、誰かっ。ノアはそんな思いに支配されて、涙が止まらない。

だけど、そんな子供みたいな自分が情けないと思う、俺も確かにいる。


ノアと俺が混ざり合う。俺は確かにこの日々の影響を受けていたのかもしれない。


でも。もう終わりだ。


確かに命を刈り取ることのできるかぎ爪が眼の前まで迫った。


俺は怖くて目を開けていられなくて、目を瞑った。瞬間。


ズバッ。


鋭い音がし、血の匂いが立ち込めた。いつまで立ってもかぎ爪が当たらない。


「おい、ちびすけ。大丈夫か?」


そんな声が聞こえ、恐る恐る目を開けると、笑顔を浮かべた男性と、その横に血がとめどなく溢れる熊のような生物の首のきれいな断面があった。


断面があった。


「あ、ぎゃあああっー!!」


俺はそう叫ぶと、衝撃のあまり意識を失った。


これが俺の師匠になる人、B級冒険者ケレンとの出会いだった。


✕✕✕✕✕


#<名前>ノア(家名なし)


<HP> 50/120

<MP> 300/300

<筋力> 120

<体力> 50

<瞬発力>40


:レベル 10

:固有スキル "魔香"

:効果 "魔獣を引き寄せる"(※聖域では効果なし)


<スキル> 『超強化Lv.1』〈『魔力制御Lv.10』『気配察知Lv.10』『身体強化Lv.10』〉


『鑑定Lv.19』『闇魔法Lv.1』『光魔法Lv.1』『言語理解Lv.1』#


✕✕✕✕✕


ステータスを入れ忘れたので更新しました。


補足


『超強化Lv.1』は『魔力制御』『気配察知』『身体強化』がレベルマックス、Lv.10になって統合された形です。


『言語理解』は実際にこの世界の人の言葉を聞いたので、獲得しました。


<筋力>、<体力>、<瞬発力>は消費するものではないため、数値のみの訂正しました。

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