桃太郎に憧れて

青月クロエ

第1話

 とある村の庄屋には、深い、深い悩みがひとつだけあった。


「おい、お前。ダボ太郎はどこいった?」

「朝早くから舎弟たちに荷車引かせてどっか行きました」

「どっかって」

「どうせ、村中をものすごい勢いで荷車乗り回して暴走してるのよ」


 はああぁぁぁぁ、と庄屋の妻は、庄屋までずんと気分が重くなるほどのためいきを吐き出す。庄屋も庄屋で、なんで息子が荷車を勝手に持っていくのを止めなかったのか、舎弟たちを追い返さなかったのか、などと野暮は言わない。言うだけ無駄だからだ。


 小さい頃は聞き分けの良い、かわいい一粒種の長男だったのに。だからといって甘やかして育てたつもりもないのに。どこでどう育て方を間違ったのか。

 今じゃ手習いも家の仕事も一切手伝わず、悪い舎弟たちとよその村の若衆とケンカに明け暮れる。茶屋のお代を毎回ツケにし、荷車を暴走気味に乗り回す──、今じゃ立派な小悪党ヤンキーである。


「もう十八になるのだし、そろそろ落ち着いてもらいたいんだが……、ひっ!」


 二人のいる母屋から玄関は少し離れているにも拘らず、力一杯引き戸が開く音がして、慌てて口を噤む。戸が壊れてやしないか気になりつつ、庄屋は温くなった茶を啜り、庄屋の妻は繕い物を再開する。その間にも、ドンドンドン!!!!と、板張りの廊下を踏み抜く勢いでダボ太郎の足音が近づいてくる。

 足音が近づくごとに建屋全体が大きく揺れ、床の間の壁に飾った掛け軸が落ちる。


「おやじ!おふくろ!オレは第二の桃太郎になる!!なってみせるぜ!!オラッ!」


 スッパァン!と外れる勢いで開かれた障子戸から現れたダボ太郎は、いつになくキラキラと目を輝かせていた。


 今なんて?


 放蕩バカ息子曰く、何でも山を十五ほど越えた村に桃太郎という青年がいて、鬼退治に出て宝の山を持ち帰ってきたとか。


「俺も鬼ヶ島に行って鬼退治に行くんだよぉ。鬼?多少は残ってるんじゃねえの?桃太郎の野郎のお陰でよ、人間様のおそろしさ味わったんだし、ひょっとしたら退治するより先にあっちからお宝差し出してくれるかもしれねーだろ?」


 庄屋と妻は頭を抱えた。よもや息子がここまで阿保だとは。

 しかし、彼らは決して反対しようとはしなかった。反対してキレ散らかされるのが怖いのもあるが、一度外へ出て痛い目に遭い、改心してくれないかと期待があったのことだ。


 こうして、ダボ太郎は鬼退治へ出ることになった──、が。


 庄屋宅では庄屋の妻が狆を飼っていたので、その狆を連れて行くことにして。形から入りたいダボ太郎は物々しい甲冑姿で舎弟たちに告げる。


「おい、猿と雉連れて来いよォ」


 舎弟たちは村近辺を奔走し、通りがかりの旅芸人から猿をほぼ無理矢理買い取った。


「おいコラァ。なんで雉がいねぇーんだよ。あぁん?」

「き、雉なんて猟師でもねぇのに連れてこれるかよっ」

「はぁん?!お、お、こら、やめろぉぉ!」


 ぶるぶる震える舎弟たちに尚も凄もうとしたダボ太郎の足に、狆がおしっこをひっかけてきた。猿もサルで、旅芸人によく躾けられて賢いため、ダボ太郎を少し舐めている。今も烏帽子を取り上げ、何度も得意げに歯を剝きだしてくる。

 畜生にまで乱暴働くほどダボ太郎は凶悪でないので、ぐぬぬ……と苦虫を噛み潰した顔で唸るのみ。

 内心ざまぁみろと思いながら、舎弟たちはダボ太郎に提案した。


「別にトリならなんでも良くないっすか?」

「だって猿とか犬は種類が決まってないのに、トリ系だけ雉って決まってるのなんか変じゃなくね?」

「ほーん、たしかに」


 犬と猿の扱いに苦戦するダボ太郎も、正直めんどくさくなっていた。


「じゃあよぉ、誰んのでもいいからよぉ。とりあえずトリかっぱらってこいよ!」


 ところが、どれだけ舎弟たちが村中を見て回っても、今までいた筈の鶏たちの姿が煙に巻かれたように消えている。どんなに村人たちに脅しをかけても、皆、『知らない』と首を振るばかり。


 実は鶏はすべて、山の洞窟に村人の手で隠された。

 村の収益となる卵を産む鶏を、ダボ太郎のバカな行いに一羽足りとも差し出す気に到底なれない。


 とうとう痺れを切らしたダボ太郎、「ああん?!もういい!!トリ会えずとも、犬と猿だけでも俺は鬼退治に行ってくるぜ!!おいババァ庄屋の妻!!大福餅用意しろ!!キビ団子よりも豪華に行く方が幸先良いだろぉ?にゃははははは!!」


 こうして、ダボ太郎はお腰にいっぱい大福餅をつけ、意気揚々と村を出発した。

 歩き出して数歩で狆が大福餅の袋を噛み破り、破れた隙間から大福を猿に奪い取られながら。

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