4.淀屋橋翔太 決意

 森ノ宮さんの話はこれまでの自分の常識とはかけ離れすぎていて混乱した。霊って映画とかだけの話じゃないのか。本当に存在するのか。だが、これまでのお父さんの行動の謎はそれで説明できる。何より森ノ宮さんはそんな冗談をいうような人ではない。いやしかし霊なんて、、、と思考がぐるぐると回った。

「質問してもいいですか」

僕がしゃべれるようになるまで、森ノ宮さんは優しく見守ってくれていた。

「もちろんです。私がわかる範囲になりますがお答えしたいと思います。」


「霊って、、、死んだ人のってことですか。」

「翔太君のお父さんに憑いていた霊はそうです」

「ということはそうじゃない霊もいるっていうこと。。。」

「はい。生霊という言葉をご存じですか。生きている人の霊も存在します」

「お父さんは、霊に殺されたってことですか」

森ノ宮さんは少し考えこんだ。

「それにこたえるにはまず霊について、そしてどう対処するのかを説明しなければいけません。」

森ノ宮さんの真剣な目を見て僕は知る覚悟を決めた。森ノ宮さんはゆっくりと話し始めた。


霊はもともと人です。いろいろな人がいるように霊にもいろいろな霊がいます。ほとんどの霊は見ず知らずの他人に危害を加えることはしません。生前恨んでいた人に危害を加えようとすることはありますが、多くは説得やこの世での未練を別の形ではらしてあげることで成仏します。しかし、中には翔太君のお父さんに憑いていた霊のように凶悪な霊もいます。そのような霊には説得は通用しません。成仏させることも極めて困難です。サイコパス、というとイメージしやすいでしょうか。良心が欠如していて他人を苦しめることに抵抗がないためにとことん苦しめます。そのような霊を強制的に消滅させる方法が一つだけあります。


そこまで話して森ノ宮さんは僕の目をまっすぐ見つめた。心臓の音が大きくなって、体が熱くなってくる。怖い。だが僕は知らなければならない。


「その方法とは、憑依された人間が、憑依された状態で死ぬことです」


 お父さんは霊を倒すために自らの命を絶ったのだ、とその時僕は理解した。お父さんは死ぬために北海道の山奥に移り住んだのだ。なるべく周りに迷惑をかけないように。僕を連れて行ったのも何か理由があってのことなのだろう。何かはわからないが、何かどうしようもない事情がそこにはあったのだ。

体が震えだす。恐怖なのか、悲しみなのか、何かわからない感情が僕の中で渦を巻いている。体に思いっきり力を入れて震えを止めようとするが止まらない。


お父さんはどんなにつらかっただろうか。一人でずっと戦っていたんだ。なのに僕はお父さんを最低な人間だと思ってた。僕は、何もできなかった。気づきもしなかった。ごめん、ごめん。涙が一気に流れ出す。体の震えも止まらない。森ノ宮さんは何も言わずに僕の隣に座ってずっと背中をさすってくれた。たった一度優しかったお父さんを思い出す。あの時のごめんの意味を僕は知ってしまった。そんな悲しいごめんだとは思いもしなかった。


僕の震えが止まり少し落ち着いたころ、森ノ宮さんは仕事の電話をかけてくると言って部屋を出た。時刻は十時を過ぎていた。森ノ宮さんが帰ってくるまで僕はずっと考えていた。これからのこと、森ノ宮さんが言った2つの選択肢のこと。僕には今から何ができるだろうか。霊と戦うことだろうか。でもそんなこと僕にできるのだろうか。中学生の僕にもわかる。とても危険な仕事だ。簡単に決められることじゃない。

森ノ宮さんは温かいココアを買って戻ってきた。はい、と笑顔で僕に渡した。ココアの甘さと温かさで気持ちが落ち着いていった。そして僕は自分の気持ちを整理するように質問を投げかけた。

「霊と向き合うということは、つまり、時には憑依された人を、罪のない人を殺さなくてはいけないこともある、そういうことですよね。」

「その通りです。」

「もし憑依されたら、自分が死ぬしかないかもしれない、そうですよね」

「そうです。」

「森ノ宮さんは、その、霊を相手にしているのですか」

「はい。普段は人間が起こした事件を扱っていますが、霊がかかわっている事件が発生すれば、私はそちらに呼ばれます。」

「霊にかかわれば自分が憑依される可能性はあるのですか」

「はい。もちろんです。」

「怖くないのですか。そのつまり、自分が憑依されるかもしれないし、何の罪もない人を殺さなければならないかもしれない。」

森ノ宮さんは動揺しない。まっすぐに僕の目を見る。

「もちろん怖いですよ。でも、覚悟のうえでこの仕事をしています。」

「どうして自分が、って思わないのですか」

「警察は公務員ですから、上の指示には基本的に従わなければなりません。ただ、この霊を相手にする部署は唯一、自分の意志で断ることができるのです。つまり、私はここにいることを自分で選んだのです」

「どうして、ですか。」

森ノ宮さんは優しく微笑んで言った。

「それはおいおい話していこうと思います。今言えるとすれば、あなたのお父さんを心から尊敬していることが大きいということでしょうか。」

こんなに穏やかに話す人を、僕は見たことがない。

「なれない話で疲れたでしょう。今日はこのくらいにしてゆっくり休んでください」

 森ノ宮さんにここまで決意させる父はどんな人だったのだろうか。僕の知らない父。僕は知りたいと思った。父がどんな人だったのか、父がどんな苦しみを抱いていたのか。僕にはまだ知らないことがたくさんある。きっとそれは僕にとってつらいことでもある。

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