3.福島 慶吾 決意

夜の十時ごろになって森ノ宮爽から電話があった。淀屋橋翔太に父親の件を話したという。


「それで、どんな様子だ。」

「混乱しているようです。当然です。」

「いきなり霊だといわれてもな」

「はい」

「どちらを選んだ。」

「まだ迷っているようです。迷っているというより、私の話を整理して理解しようとしているように見えます。彼は強い子です。現実を受け入れようとしっかり向き合っている。霊と対峙することを選ぶと思います」

森ノ宮にしては珍しくはっきりと自分の意見を述べた。迎えにあいつを選んだのは人当たりの良さと、相手に自分の意見を押し付けないからだ。少年は自分の意志で選択できるだろう。正直、誰かに説得されるようでは修行には、まして霊と戦うことには耐えられない。

「桜ノ宮には連絡を入れておく。おまえは少年を頼む。」


桜ノ宮凛子は俺や森ノ宮と同じく京都府警の特殊事件捜査課に所属し事件を担当しながら新人教育も担当している。先祖代々霊を相手にする仕事に就き、小学生の時から修行を積んだいわばその道のエリートだ。

「警視庁の福島だ。桜ノ宮凛子か」

「はい、そうです。電話で呼び捨てとは相変わらず無礼ですね。福島さん。」

俺はこの女がすこし苦手だ。

「例の少年の件だ。修行を選んだ場合すぐに受け入れ可能か」

「用件だけ言ってさっさと切りたい、そんなところでしょうか」

図星だった。

「で、どうなんだ」

「はいはい、可能ですよ。いつでもどうぞ。ただ、こちらにも準備がありますからね。事前の連絡は忘れずにお願いしますね。」

「承知している」

そう言ってこちらから切った。おそらく電話口でイラついているだろう。口調は優しいがどこか厳しさを感じる。


修二さんの息子、か。修二さんは俺が刑事になって最初にペアを組んだ上司だった。厳しい人だった。最初はかなり反発もしたが、ある事件で、この人が俺や被害者を危険にさらさないためにあえて厳しくしていることに気が付いてからは尊敬に変わった。この人のような刑事になりたい、心からそう思った。そんな人が苦しい状況だったことを知りながら、俺は何もできなかった。周りから出世コースに乗ったエリートと呼ばれ自分でもそう自覚していたが、その一件で自分がいかに無力で情けない存在であるかを痛感した。大事な人も助けられず何が刑事だ、エリートだ。


次の日、午後3時に京都駅に到着予定と森ノ宮から連絡を受けた。いつもなら迎えは部下に指示するが、今回は自分が行くことにした。ちょうど担当していた事件がひと段落ついたところだ。京都駅へ向かう車内、部下はその後処理やら書類仕事やらで忙しそうだから俺が行くのだ、などと自分に言い訳がましい理由を言い聞かせる。


淀屋橋翔太は疲れた顔をしていたが、思ったより顔色がよく、そして何よりその目から強い意志を感じた。

「京都府警の福島だ。長旅ご苦労だった」

「淀屋橋翔太です。」

俺の目をまっすぐに見て翔太は言った。何を言ってよいかわからずしばしの沈黙が流れる。

「福島さんが迎えに来るとは思わなかったので驚きました」

沈黙を破ったのはやはり森ノ宮だった。

「四条河原町の事件でちょうど今全員忙しいからな」

そうですか、と森ノ宮は微笑む。何かすべて見透かされているようで気恥ずかしくなり目をそらす。


署へ戻る車内で後部座席に座る翔太をバックミラー越しに様子を見ながら聞いた。

「森ノ宮から聞いていると思うが、君はこの先どうする」

バックミラー越しに翔太と目が合う。

「僕は、父と同じ仕事をしたい」

しっかりとした口調で翔太は言った。

「つらいぞ。理不尽なことだらけだ。何も悪くない霊に乗り移られた人間を相手にすることになる。時にはその人間に危害を加える必要もある。家族からは恨まれることもある。普通の人では精神が持たない仕事だ。それでもやるか」

翔太の目は揺らぐことはなかった。

「森ノ宮さんから教えてもらいました。分かっています。僕は父のように、強くなりたい。そして、父のことをもっと知りたい。」

ちらっと森ノ宮を見るとまっすぐに俺を見て頷く。

そうか、霊と対峙することがどういうことか話したのか。そのうえでこの答えなのか。

「明日から修行だ。」俺はアクセルを踏み込んだ。

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