第5話 助けてよ賈詡さああああん!!!

「余計なお世話だくそじ──ゴフッ!ご、ご心配ありがとうございます、残念ながら特定の人はいません」


結婚する予定の人はいますが、と心の中で付け足してオジサマに礼儀正しく頭を下げる。


まぁ権力者に楯突いたって仕方がないからね。決して突然鳩尾に突き刺さった肘のせいではない。やれやれ将来の娘はずいぶんとお転婆さんだ。


おっさんは「それは良かった」と言って笑った。何が良いのか全然わからないが、とりあえず調子を合わせて俺も笑っておく。


「話は変わるが、ゲスナクレイジーくん。少しの間だけ家庭教師をしてもらえないかい?」


「はぁ。家庭教師、ですか」


いまいち会話の流れがわからずオウム返しする。


「ああ、岬焔くんとの共闘を見た限り、実力的には申し分ないと思うが」


げっ、このおっさんはあっちの動画を見てたのか。


ゲス男うんぬんの話ならパクったことを白状してどうにかなると思っていたが、こっちは言い逃れができない。正直動画回しながらほとんど忘れてたよあれ。例によって削除するはめにもなったし。


「まさか、エクストラミッションの途中で帰るとは思わなかったが。あれじゃあ報酬も目減りしたんじゃないのかい?」


「ほう……しゅう……?」


ああ、すっかり忘れていた。そういえばこないだの焔とのダンジョン以来、口座を確認していない。でも2000円が目減りって……世知辛すぎるよダディャーナザァン!!!


「報酬も弾もう。なぁにただの小娘の家庭教師さ。花月すら一蹴する君にかかれば大したことじゃない」


朗らかにお茶をすする曹操。だれかちょっと賈詡連れてきて。策略でハメ倒して。


「あ、あの、もしも断ったりしたら……?」


ドナドナされる子牛は御者さんに聞いてみた。御者さんはコトリと高そうな湯呑みを置いて


「お父様の勤め先は橘とも繋がっていてねぇ……」


100%の脅しを吐いた。


そうだった──この人たまたま向かい合わせに座っているだけで蟻とインド象ぐらい差がある人だった。


「がんばりまぁす!僕、がんばりまぁす!!」


俺は元気に天井に向かって叫んだ。義理の娘の前とはいえ、見栄を張っている場合じゃない。俺の返答に家族の未来がかかっているのだから……!


「そうかい?肩の荷が降りたよ。これで伸び悩んでいたゴルフのスコアは少しは上がるかな」


曹操であり、御者さんでもあるクソジジィは人の良さそうな笑みを浮かべた。忘れてはいけない悪魔はいつでも親切に近寄ってくる。こ、この悪徳資本家め……!


「家庭教師の相手はうちの一人娘だ。親バカながら気立ての良い娘だよ。あ、全然どうにかなってほしいなんて下心はないからね。同年代と比べてスタイルもいいし。あ、全然下心はないからね」


いや絶対手を出したらアカンやつですやん。


知力32ではその結果がどうなるかわからないけど、ダイナマイトの近くでタバコを吸ってはいけないことぐらいは馬鹿でもわかる。しかし悲しき労働者である俺は面と向かってそんなことはいえず「っす……」とだけ答えるのだった。


すまねぇみんな、これも家族のためなんだ……!スト破りを許してくれ……!


っていうか最近引率とか家庭教師とかそんなのばっかりだな。



「今日はありがとうございましたそれでは」


「関口さんによ──」


恐怖の権力者の住処から黒塗りのリムジンで支部まで送ってもらうと、美沙ちゃんは風のように去っていった。ポツンと一人で取り残される。さらば、娘よ。体調に気をつけろよ。


「そういや、あのおっさん前金振り込んだとかいってたな」


帰ってさっさとフテ寝してやりたかったが、おっさんの言葉を思い出してコンビニで口座を確認してみることにした。なんでおっさんが口座を知ってるんだとかそういう質問は意味がないからしていない。答えられても怖いし。


ポチポチと昔と変わらないATMを操作すると、


「なぁにこれぇ」


0、ゼロ、零、ZEROおおおおおおおお!!!口座に見たことない桁が入ってるうううう。目標をセンターに入れて、スイッチ!即座に取引中止を押す。


「はぁっ……はぁっ……」


思わず息を荒げてうずくまってしまった。


「汚されちゃったよぉ……俺の口座ぁ」


日本の黒幕の金銭感覚を舐めていた。目に焼きついてしまった画面には一般人が一生お目にかかれないだろう数の0が並んでいた。これはやばい。何がやばいってこれに手をつけたらもう二度とあのおっさんに逆らえない気がビンビンしている。


「よし……!」


見なかったことにしよう。


リスク管理の鬼である俺は口座の記憶を消去することにした。よし、俺は何も覚えていない。覚えていることは、手数料がもったいないから今度から給料を手渡しにしてもらえないかと関口さんにお願いすることだけ。


「はぁ……」


とはいえ、怖い記憶を消去しても今後の予定が憂鬱なことには変わらない。橘が相手だ。赤ペン先生みたいな感じにはならないだろう。そもそも上裸パイセンのことだって、アホみたいな試行回数を重ねたからだ。ああいう逃げられない状況でない限り、どれだけ大金貰ったってやりたくない。初期の俺の志?ああ、あいつは良いやつだったよ。


「これがデジタルタトゥーってやつか」


過去の言動が俺の首をしめている。


まったく馬鹿なやつだよ、過去の俺。ぜってぇ許さねぇかんな!!


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