第2話 僕男の子おおおおおお!!!!

「襷くん、ちょっと今日時間ある?」


いつものように締め作業をしていると、関口さんに声をかけられた。時刻は21時。これは大人のお誘いってやつか?常日頃世の中を甘くみている俺は、素敵な美女のお誘いにはほいほいついていくのである。


「で、話ってなんでしょう(低音ボイス)」


店を施錠し、ファミレスへとやってきた俺たち。店内の客席はピークタイムを過ぎたのか、閑散としていた。俺たちは四人がけのボックス席に向かい合って座った。


「襷くんって冒険者してたことがあるって本当?」


大きなパフェをつつきながら、関口さんが言う。スプーンを咥える姿は年上ながら大変可愛らしい。薬指に指輪は……ない。


「まぁちょっとだけですけどね」


話は見えないがとりあえず謙遜しておく。そういや、バイトの面接のときに有利に働くと思ってそんなことを口走ったな。体力ありまぁす!みたいな感じで。

これは俺の冒険譚を聞かせて関口さんの乙女心をくすぐれということなのだろうか。


「実はね──」


はいなんでしょう。全然俺の予定は空いてますよ。まずは一緒にお出かけで距離感をつめていくのはどうでしょう。


「うちの娘が冒険者になりたいとか言い出してね」


──そっすね。


そりゃそうだよね!

指輪してないからって、こんな綺麗で優しい人が独身ってことはないよね。


「最近は多いですよね」


内心のガッカリを微塵も感じさせず、余裕ぶった態度を崩さない俺はバイトの鑑といえよう。


「冒険者って実際のところ命の危険もあるじゃない?親としては心配で……。せっかく大学まで行ったんだから、もっと安全な仕事のほうが私は嬉しいんだけど」


初戦の致死率7割ですよ奥さん。とはいえ、そのうち2割ぐらいは無謀なダンジョンへの挑戦だけど。5割でもやばいと思うべきか、2割もほとんど自殺志願者のような冒険者が現れるダンジョン社会の闇を嘆くべきか。


「あのぐらい大きくなると、もうどこまで覚悟を決めてるのかもわからないのよね」


あはは、と笑う顔には寂しさも含まれていた。子どもなんて持ったことのない俺にはわからないが、結局自分も子どもも独立した個人だと思い知るときがあるらしい。


「難しい話ですねぇ……」


言ってることはよくわかる。そりゃ親としての気持ちを考えれば、手塩をかけて育てた娘にはカタギの仕事に着いてほしいだろう。いくらメディアに映る冒険者が華やかに見えようと足元にはたくさんの屍が転がっているからだ。なんとも世知辛い。おや、うちのマイマザーは夕飯には帰ってくるのよ的なノリだった気が──。


「それでね、襷くんが良ければなんだけど娘のダンジョンに引率で着いていって貰えないかしら?」


「へ?」


家庭内での自分について恐ろしい想像が広がっていたせいで、つい間抜けな声が出てしまった。


「お願い!もちろんお給料も出すから!?」


机に頭をつける関口さん。うなじが素敵ですね──って、


「いや──俺だって星1ダンジョンしか潜ったことないですよ?」


それも途中で帰ったり、焔サンに助けてもらったりしてだ。『生きもののすべて』だって視聴者さんに相当助けてもらったし。


「ダンジョンには変態も現れるし──上裸パイセンとか」


「上裸、ぱいせん?」


小首を傾げる関口さん。詳しく説明しようか迷ったが、関口さんを汚してしまいそうな気がしてやめておいた。触手と上裸パイセンは俺のお気に入りフォルダだけに納めておこう。閑話休題。


「それは良い(?)として、娘さんはどの辺のダンジョンを狙ってるんですか?流石に危険度が上がると俺が役に立たないと言いますか」


こちとら余裕でビギナーだ。危険度の高い場所ではとてもじゃないが戦力にならない。


「それは安心して、星1ダンジョンって言ってたから。多分、あの子まだダンジョンが危ないってこともよくわかってないのよ。憧れが先行してて」


現在進行形で親に迷惑をかけてる身としては、母親の子を思う気持ちがザクザク心に刺さる。悲しそうに眉を寄せる関口さんをみていると、NOと言えない日本人の俺に断る選択肢など無かった。


「星1、なら……」


「本当!?ありがとう、襷くん!」


ガバっと俺の両手を握る関口さん。まぁ、何つーか?お世話になってる店長に悲しい想いはしてほしくない、みたいな?関口さん、それ以上はもうボティタッチ勘弁してください。好きになっちゃうぅぅぅ。


「せ、せ、関口さんのためなら!俺ぁ何でもやらせてもらいますよ!」


経緯はどうあれ、どうやらまたダンジョンに潜ることになりそうだ。


「それにしても……関口さんって結婚してらしたんですね。指輪が無いから気がつきませんでした」


「そうなの、夫が早くに先立っちゃってね。でも娘も成人したことだし、そろそろ……なんてね」


化粧っ気無しで20代にしか見えない美魔女はくすっと急に大人な笑みをみせた。これが……大人力!


っていうかそれって……そういうことっすか?ワンチャンあるんすか俺?まずは娘さんと仲良くなれ的な?よーし、お父さんなんだか急に日曜日楽しみになってきたぞ〜。


結局、ファミレス代も奢ってもらった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る