第三章 Dチューブとか古くないですか?
第1話 働くことの大切さ
「お疲れ様、
締め作業をしていると、店長の関口さんが声をかけてくれた。口元の黒子が今日も色っぽい。とても40間近で子どもが2人いるとは思えない。ちなみに関口さんに年齢を言及した先輩はその日のうちに姿を消した。出勤名簿にハンコが押してあることから、店に来ていることは確かだが姿を見たものはいない。俺がバイト先で最初に学んだことは年齢という聖域だった。
「お疲れ様です!」
「仕事はもう慣れた?」
ショートカットの髪がサラリと揺れる。女性では高い身長から小首を傾げる姿はとても可愛らしい。
「はい、喫茶店は俺の天職です。俺はここで働くために生まれました」
「もう、調子良いんだから」
ちょっと怒ったような声も素敵だった。バイトって最高だね、ほんと。関口さんにはつい叱ってもらいたくなる魅力がある。
「明日が最初のお給料でしょ? 無駄遣いしちゃダメよ」
「いやぁ楽しみっすねー」
「聞いてる?」
「あははは」
また怒られてしまった。いっけね!
「もう上がって大丈夫だから、お疲れ様」
「ありがとうございます!」
「返事は素直なのよねぇ……」
アンニュイに頬を手を当てる関口さんに頭を下げて、俺はバックヤードの控え室へと入っていった。そうか、明日給料日か。
♢
「ただいまー」
「あ、お兄ちゃんおかえり」
玄関の扉を開けると、座って靴を脱いでいた妹と鉢合わせする。
「お、なんだずいぶん遅いな」
「強豪校には夜練ってものがあるの。お兄ちゃんは知らないだろうけど」
最近の中学生は大変だ。勉強して、部活して、まだ予定があるらしい。
「1人で帰るの、ちょっと危なくないか?」
時刻は21時過ぎ。夜道に妹1人帰らせるのは少し心配になる。
「ユイちゃんのお母さんが車で送ってくれた」
素晴らしき父兄のチームワーク。自転車すら持っていない兄が口を出すことは何もない。
「そういえば、ユイちゃんがお兄ちゃんと話したいって言ってたよ」
む?それはどういうことだ。もしや大人の男の魅力が溢れすぎて──
「ダンジョンの話が聞きたいんだって、ユイちゃんも配信したいって」
「ああ、はい……」
中学生にモテるもクソもないが、引きが無いのもなんだか悔しかった。それにしても最近は中学生もダンジョンに入るのか……。
「それって、親御さんは許可してるの?」
靴を脱いで自室に向かいながらたずねる。妹も一度居間に行くようだ。
「なんかギルドの冒険者さんがついてきてくれるんだって」
おぉー、お金持ち。っていうか冒険者ってそんな仕事もするのね。脳裏に火炎猿系女子高生の姿が浮かぶ。ドカーン、グワシャーンだけが仕事だと思ってた。
「バイトの無い日ならいいぞ。お兄ちゃんはバイト戦士だからな」
「妹としてもお兄ちゃんの戦いの邪魔はしないよ」
はは、愛いやつめ。
「お兄ちゃん家出たら野垂れ死にしそうだし。そういうときってどうコメントしたらいいかわからないし」
兄を生存を願う理由が「何話したら良いかわからないから」とはなんとも妹らしい理由だった。
「じゃあ、あとで大丈夫な日教えてね。私汗かいちゃったから、お風呂入ってくる」
荷物を居間に投げるなり、妹は風呂場のほうに行ってしまう。
「ユイちゃんねぇ」
どんな娘だったかしら。妹の口ぶりだと会ったことありそうなんだけど。子どもの顔ってわりとみんな一緒に見えるからな……。
「あぁーーー」
自室に戻り、ベッドに寝転がると心地良い疲労を感じた。俺はいま労働の喜びを噛み締めている。3時間しか働いてないけど。
「もう寝よう……」
ダンジョンの夢は終わった。
俺に残ったのは真面目に働いて実家に居続けるという選択肢だ。
そういえば、最近ミカエルくんと遊んでないなぁ。今度散歩しないと……。
そんなことを考えていると、俺の意識は微睡の中へ沈んでいった。
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