第17話 もうちょっとだけ 続かないんじゃ
「お兄ちゃんダンジョン行かないの?」
デジャブるんだよ──
居間のソファーでゴロゴロしていると、朝からヒーヒー宿題に取りくんでいた妹がアイスを食べながら現れた。ちなみにアイスは俺の献上品だ。
「お兄ちゃんは充電中なんだよ」
秘技、デジャブ返しである。
「また、そんなこといって!見てお兄ちゃん、ほら日本の踏破記録の更新だって!」
珍しく兄に構ってくれる妹は顔に雑誌をおしつけてくる。いや、知ってる知ってる。それ買ってきたの俺だし。
「お兄ちゃんな、岬焔と一緒にダンジョン潜ったこともあるんだぞ」
途中までだけど。
「すごいよ、白の試練クリアだって!ダンジョン協会の人のコメントで日本のトップは岬焔だって」
ローテンションな妹が珍しく興奮している。どうやら最強冒険者は若者のアイドル的な存在らしい。はいはい白の試練、白の試練。
「お兄ちゃんもこれぐらいとは言わないけどさ、アルバイトくらいしたほうがいいんじゃない?この前お母さん、そろそろ家賃取るかもっていってたよ」
妹が兄に構ってくれた理由はコレらしい。どうやら少しは心配しているようだ。
「うん、頑張る頑張る。明日からがんばる」
「もうっ!」
やる気のない俺の返事に、牛のような鳴き声で返した妹はのしのしと足音を立てていってしまった。まかせろ、妹。お兄ちゃんは明日から頑張る天才だから。
「冒険者ねぇ……」
すでに俺のDチューブアカウントは存在しない。なんせいくら作っても業者の標的にされてしまうのだ。きっとダンジョンの神が俺に休めといってるのだろう。
「うーむ」
それにしても家賃かぁ。どう作ったものやら。本当にバイトでも始めるしかないか?
「焔に天下布武の仕事とか紹介してもらえば良かったか」
後悔先にたたず。連絡もなしにバックれたのだから、今さら顔を出せるわけもない。
「だってぇ、疲れてたしぃ……」
思わずギャルっぽい口調にもなるというものだ。上裸パイセンの相手をした俺はもうヘトヘトだったのだ。ちょっとイっちゃった顔で襲いかかってくるパイセンは今でも夢に見るほどだ。城に入っていく焔を見送った後、doorsから『帰還しますか?』と提案されてうっかり頷いてしまった俺を責められまい。
どうやら焔と違って俺は物語の条件を満たしていなかったらしい。それともクリアしたダンジョンが関係しているのか。「帰れるなら帰る」と「行けたら行くよ」はニートの嗜みなのだ。まぁ、パーティーを組んでいたのだから着いていくことはできたのだが……、
「所詮星1ダンジョンだしなぁ」
別に俺が居ても居なくても、焔なら余裕だろう。なんせ今をときめく名実共に日本最強だ。勘違いとはいえ、共にダンジョンに潜れたことは一生の思い出になるだろう。確認はしていないが、仲良く2000円振り込まれたに違いない。それともパーティーだから頭割りになるのかしら。
「ミカエルくん」
べちゃっと音がしてフローリングにミカエルくんが叩きつけられる。紫の体をくねらせ元気そうだ。
「やっぱりそれかっこいいよ」
餌が良かったのか、ダンジョンの環境が良かったのか、ミカエルくんはあのダンジョン以来フォルムチェンジを果たしていた。
「klfjgljrisd」
触手の下の方が二股に割け、短い時間なら二足歩行が可能になったのだ。そしてちょっとだけ喋れるようになった。素晴らしい。
「lkjfls……krgjッ!?」
誇らしげに仁王立ちを披露した後、滑って倒れるミカエルくん。もう一度立ちあがろうとするも粘液で滑って体をくねらせるだけに終わっていた。非常に愛らしい。
「待てよ?」
閃いたぞ。
ミカエルくんならDチューバーとして花開けるんじゃないか!?
俺は業者にしか人気が出なかったけど、ミカエルくんの愛らしさとエモさなら有名配信者にもひけはとらない……!?
そうと決まればすぐさま行動である。
「すぐさま明日ダンジョンに行こう……!」
俺は明日から頑張る天才なのだ。
♢
翌日、早速アカウントを再作成した俺はミカエルくんをダンジョンに連れて行き、配信を行った。
場所はお馴染み星1ダンジョン『生きもののすべて』。ミカエルくんなら股間を執拗に狙う野生動物たちに遅れをとることはない。
「完璧だよミカエルくん──っ!」
初心者にしては思いの外数字が伸び、ミカエルくんは無事に動物から植物に至るまで、あらゆる存在とヌルヌルと戯れていった。もしかしたらダンジョンが故郷のミカエルくんには、うってつけの散歩スポットかもしれない。
配信の方向性もなんとなく見え、これからのことに期待に胸を膨らませたときdoorsから一件の通知があった。
『お使いのDチューブアカウントは利用を制限されています』
──垢BAN……だと?
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