第14話 上裸パイセン 元ネタ

「はーい……では上裸パイセンをさばいていきたいとおもいまーす……」


「てめぇ薬でもやってんのか?」


急にハイテンションで話し出したかと思えば、今度は地面を見つめてブツブツ喋る哀れな羊。


──情けねぇ。


橘花月は惰弱な精神を嘲笑う。常に狩る側に立ち続けた花月にはこれも見慣れた光景だった。目の前の場違いな兜を被った男は死の恐怖でおかしくなったらしい。


花月が地を舐めたのを一度だけ。1年前の非殺傷での焔との闘いだけだ。それもあくまで非殺傷、お互いに手札が制限されての闘いだ。

しかし、その敗北は周囲の感想とは異なり、花月の心に大きな執着として染み付いていた。


──雑魚を片付けてさっさとあのクソガキをぶち殺す。なるべく残虐に。なるべく執拗に。


花月の頭の中は血の妄想で濡れている。


花月の姓である橘には分家も含め、100以上の家が連なっている。そのどれもが一定の資金力を有しており、橘は日本の最大派閥だ。花月は分家のそのまた傍流の生まれだった。元々庶子であった花月は血生臭い蠱毒を勝ち抜き、今の地位を手に入れていた。


「──っ」


血で染まる幼少期を振り返ると無意識に花月の身体に震えが走る。他人が眉を顰める環境は花月の心を最大限に満たした。争いを好み、残虐を愛す性根があったからこそ庶子の自分が『月』の1字を賜るまでになったと花月は考えている。自分は闘争のために生まれてきたと信じて疑ってなかった。あの時までは──。


焔に敗れた日、非殺傷の取り決めに安堵の息を漏らした日、花月の精神はまた歪んだ。これまであった獣染みた気高さは鳴りを潜め、弱者をいたぶるようになった。興味のなかった序列という肩書きにも執着するようになった。そして、そんな自分自身がまた花月を苛立たせた。


この予定外の邂逅は焔の骸をかかげる絶好の機会だ。

最強の血を浴びて花月は獣の王としての生き方を取り戻す、筈だった。


「──っ!──っ!」


当たらない。


攻撃がことごとく空を切る。


「打撃はリズムゲーでーす。見てからだと間に合わないんで見ないでくださーい。はい、ここでスキルを使ってくるのでミカエルくんで弾きまーす」


異常までの反応速度。日々の流れ作業のように、自分の攻撃がかわされ、スキルの応用すら弾かれ、そして──


「いけーミカエルくん。1万ボルトー」


「ガァッ!?」


閃光が走る。

いつの間にか出現した、独立したタコ足のようなモンスターが細い紫電を花月に放った。攻撃の終わり際、完璧なカウンターだった。


「忘れずにミカエルくんを褒めてあげましょう。これを忘れると詰みます」


息荒く地面に膝をつく花月を無視し、兜男は追撃もせずにまた意味不明なことを呟きだした。


「っ、舐めやがって……っ!?」


屈辱と血の味に花月は意識を切り替える。確かにやつの神がかった反応速度は厄介だ。カウンタースキルの可能性もある。しかし、


「余裕を消しとばしてやるよ」


橘である花月は対策をしてくる相手に慣れている。その上で踏み潰すのが上位の冒険者の条件とも言えた。


「溺れ死ね」


どうせバレてんだ、出し惜しみは無しだ。

血の唾を吐く花月の両手にいつの間にかdoorsから転送した二丁のマシンガンが握られている。

花月の出した結論は面制圧。銃器自体はただの軍用品だが花月のスキル『二兎両撃』と組み合わさることにより、無限の質量の魔弾と化す。


「死んじまえええええええ!!!」


あらゆる可能性を手繰り寄せた銃弾は視界を埋め尽くし、津波となって敵へと襲いかかった。


「さぁどうする?」


威勢の良い言葉と裏腹に思考は冷え切っている。引き金を引き絞りながらこれで終わるとは思っていない。あくまで選択肢を削ること。


「──っ」


必殺に急ぐ身体や思考を叱りつけ、花月は銃弾の壁を見つめる。狙いは一撃必殺。花月にはまだとっておきがある。銃弾を切り抜けられてもその後は──


「──はい、銃弾はこうやって避けましょう。正面突破すると出待ちされますんで地中が安定ですね。はいミカエルくん1万ボルト」


──なぜおまえがそこにいる。


花月の後ろから場違いな声が聞こえた。それは格下をいたぶるときの自分の声と似ていた。安全圏の声色。


「〜〜〜〜〜ッッッ!!」


間抜けな掛け声で放たれた紫電は花月の血液を泡立たせ、脳の支配から筋肉を解放した。かろうじて手から伝わった感触で自分がいつの間にか倒れていることに気がつく。

岬焔に続き、2度目の敗北だった。


「これにて上裸パイセンの調理完了です!あーー疲れたあああああああっ!!疲れたから盛り付けはミカエルくんには任せちゃおう。よし、ミカエルくん。好きにお食べ」


「っ──!」


悲鳴を上げようとしても喉が動かない。

這い寄る触手と「おかわりもあるぞ!」という謎の叫び声を聞きながら、橘花月の意識はゆっくりと薄れていった。


立花花月の不幸は強者だったこと。ストイックなあまり冒険者事情に疎かったこと。千載一遇の好機に奇襲を仕掛けたこと。ミカエル君の前で気を失ったこと。


1年前、岬焔に敗れるまでは『最恐』として君臨していた暴君はこの日『上裸パイセン』としてネットのおもちゃになった。

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