第13話 スピード×パワー=破壊力

焔の機嫌はここ最近で1番良かった。朝見たdoorsの占いも1位だったし、最近常に感じていた空腹感も昨日から満たされている。そしてなにより──待ち望んでいたものがようやく見れるのだから。


「岬、焔……っ!!!」


メインディッシュの前に雑魚に構ってる暇はない。

焔の奇襲をうけた序列3位橘美月は動揺を顕にこちらを睨みつけていた。辺りには爆風の余波でまだ土煙が上がっている。それは焔のスキルと『炎の化身』が組み合わさったことにより生まれた惨状だった。


「あら、まだ立ち上がる元気があったのね」


ちょっと手を抜きすぎたかと焔は思う。もともとこの一撃で2人とも片付けるつもりだったのだが──


ま、いいか。


基本的に反省しない焔はすぐに思考を切り替える。反省とはそもそも弱者の権利だと思っていた。勝ち続けた焔の思考はすでに一般的とはかけ離れている。転がる美月が仲間の姿を一瞥して、すぐにこちらに意識を戻した。


「岬焔、なぜおまえが──っ!?」


体勢を立て直す時間を稼ごうとする美月の口を炎の蛇で閉じさせる。今日はそういう涙ぐましい努力に付き合う気分じゃない。


「黙りなさい。気分が良いの。命はとらないであげるから──」


さっさと寝てね、と焔は薄く笑う。すでに腰元から『炎の化身』は抜かれている。鞘から解き放たれた刀身は陽炎のように揺れていた。性質変化と分類される『炎の化身』の特徴だった。


「くっ──!『風の管理者アイアロス』っ!」


美月が襲いかかる炎蛇をかわし、懐から小さな袋を取り出した。口を結ぶ紐が1度青白く光り、次の瞬間には大気が渦を巻いて袋に吸い込まれていった。ゴォゴォと唸る大気の渦は土煙も焔の炎蛇も吸い込んでいく。


「舐めるなよ、岬焔。「月」の一字は安くない」


岬焔と対峙しても美月の心は折れていない。それは夥しい数の血の繋がりをねじ伏せて序列3位になったプライドなのか。だが焔はそんなものに何の価値も見出さない。


「……あんまり連続でやると服が焦げちゃうのよね」


その声に緊張感はない。誰だって部屋にある埃を掃くのに緊張はしない。


「じゃあ、サヨナラ──」


その言葉を最後に焔の姿が掻き消える。


「──かはっ」


衝撃。爆発音。お腹の中で爆弾が爆発したような衝撃は、美月の肺から無理やり酸素を吐き出させた。


「──っ」


吹き飛ぶ美月には最後まで何が起こったか分からなかっただろう。蟻に象の大きさがわからないように、焔と美月の間にはそれほどの距離がある。


「ほらね、袖が焦げちゃった。制服も安くないのよ。──って、もう聞こえてないか」


吹き飛んだ美月はピクリとも動かない。


『爆発』


焔に生まれながら備わった単純すぎるスキル。たったそれだけの祝福が『炎の化身』と合わさり凶悪極まりない力を発揮していた。それが最強の焔の力の全て。


ただ速い、ただ強い。


焔はその単純すぎる力の掛け算で日本の冒険者のトップに君臨している。


「きっかり3分かな。さぁ、見せてもらうわよゲス男──」


焔が花月を放置して、格下を引き受けた理由はそこにある。


──見たい、そして戦いたい。


ゲス男と出会ってから焔の胸の内をそんな言葉が満たしていた。あの神がかり的な見切りに自分は敗れるのかもしれない。配信で見たゲス男の動きが頭をよぎる。

初めての敗北への期待は蜜のようで、制御できない興奮は両目から火の粉となった溢れ出た。そんな焔の頭には、先ほどの戦闘の記憶は欠片も残っていない。


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