第10話 小鳥の囀り

王様との謁見はあっさりとしたものだった。「光栄です」とか「うむ」とかそれらしい言葉を王様と焔が交わしてお役御免……になると思ったら、今度は待ち受けていた兵士さんに案内され、小さな部屋へと通されることになった。そこは小じんまりした部屋だったが、置いてある調度品はどれも気品があり、パンピーの俺ですら一目で高級な品だとわかった。


「これ1個くすねて帰れば……」


やめろ焔、その術は俺に効く。

冒険者の誇りを容易にかなぐり捨てそうな焔だったが、残念ながらここは物語系ダンジョン。迂闊な行動はストーリーを破綻させると焔も心得ていたのか、ぐっと我慢をして諦めた。


「待たせたな」


コソ泥を諦め、フカフカの椅子に座って待つ俺たちに声をかけたのは衛兵を伴って現れた王様だった。玉座の間では気付かなかったが、えらくガタイが良い。本来ゆったりした儀礼的な服に所々隠しきれない筋肉の盛り上がりが出来ている。元冒険者と言われても驚かない。


「王城ってやつは色々と面倒なことが多くてな」


どかっと椅子に腰を下ろす王様。さっきの重々しい雰囲気と比べるとずいぶん軽い調子だ。公私を分けるというやつか。


「勇者サマよ、あんたらに頼みたいことがある」


これが本題のようだ。深い皺の中から鷹のような目がこっちを見ていた。いつの間にか衛兵は姿を消していて、部屋の中は俺たち3人だけだ。そんな俺の目線に気がついたのか、王様がイタズラを思いついたような顔で笑った。


「ああ、護衛には姿を消してもらった。気が散るからな。といっても俺に何かしようものなら直ぐにでもなだれ込んでくるだろうが」


「王様の割に不用心ね。殺すだけなら十分な距離よ」


物騒な女子高生である。しかし王様は焔の態度にも腹を立てず豪快に笑う。王様ってのは懐も深いらしい。


「威勢の良いお嬢ちゃんだ!なぁに護衛が来るぐらいことはこの国の誰もが承知さ」


そういって、肉食獣の笑みを見せる王様。よくよく見れば肌が見えているところには細かい傷跡があった。武名で名を馳せた人なのかもしれない。

探り合いは終わったのか「さてと」と王様が仕切り直す。


「勇者サマに頼みたいのは他でもない、敵国の勇者を潰すことだ」


「なにそれ。向こうにも勇者とやらがいるの?」


「ああ。こっちよりも早くな。鬱陶しいやつさ、台風みたいに現れやがった──」


3日程前、長年小競り合いを続けてきた隣国に勇者が現れたらしい。そして戦場を支配した勇者は恐るべき力であっという間に戦線を押し上げてしまった、と。


「この国は風前の灯ってわけだ」


自国の滅亡を明日の天気のように語る王様。


「それにしては街に悲壮感がないわね」


確かに。焔の言葉に内心で頷く。俺たちが王城へ辿り着くまでに見た街の光景は賑やかなもので、敗戦間近の国にはとても見えない。


「連中は慣れてんのさ。年がら年中、戦争やってんだ。国が危ないってのももう聞き飽きてる」


ダンジョンの神の懐で暮らす俺たちには分かりづらい感覚だ。現代では個人の生き死は当然あるが、国家間の戦争などほとんど聞かない。というか、俺が生まれてから起こってないんじゃないかな。行きすぎた個人の力は国家間の争いを激変させたとか授業で習った記憶がある。


「それに宣託もあったしな」


顔に似合わず飄々としていた王様がはじめて渋面を作った。


「宣託」


「ああ。祈祷師なんて普段は祭事のための飾りだが、今回ばかりは話が別だ。神のお告げだとよ」


吐き捨てるような口調からは悔しさが滲み出ている。神なるプレイヤーに操作されるゲームのキャラクターはこんな気持ちなのかもしれない。「だからって安心されちゃ困るんだがな」頭をガシガシ掻く王様。


「というわけで、勇者には勇者だ。荒事は得意だろう?」


「もちろん」


即答する焔。いや俺は別だよ?

そもそも焔と俺では生き方からして別人種。良い年してニートやってる俺と女子高生にして日本最強の焔はフォルダで分けたら確実にラベルが違う。


「引き受けるのは構わないわ。きっとそういう物語なんでしょうね」


『物語』という部分が引っかかったのか、一瞬王様の皺が深くなった。焔は気にせず「ただ」と言葉を続ける。


「まずは腹ごしらえよ。食事を用意しなさい」


形の良い眉をキリリと吊り上げた顔の下から、「くるるるるる」と小鳥の囀りが聞こえた。




やめほむ……!!

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