第9話 俺の名は
★1ダンジョン『怒りの日』。初めてのときもだけど、危険度★1で未踏破って珍しいよなぁ。めっちゃ広いなフィールドだったり、鍵取得までがかなり複雑だったりするのかな?ま、こっちには日本最強がついてる。どうにでもなるか。
視界に映るのは街の雑踏。遠くに城の先端が見える。どうやらここは城下町的な場所のようだ。
「ここが、白の試練……!」
隣に立つ日本最強は相変わらず気合い入りまくりである。★1でも油断していない。こういう人を1流っていうんだろうな。
「ゲス男、あなたは系統は何だと思う?」
系統とはもちろんダンジョンのことだ。念能力ではない。
「なんだろう……。もしかして『物語系』とか?」
物語系ダンジョン。それはまさしく神の奇跡といえた。踏破されたダンジョンへの再挑戦が許されないというのが大きな特徴の一つとしてあげられる。物語系ダンジョンに挑む冒険者は言葉通り物語の世界観へと放り込まれ、ストーリーをクリアしなければならない。そこで出会う人たちはポンコツNPC焔とは比べものにならない高度なAIを持ち、1度でも潜ったことのある冒険者は「人間と変わらない」と口を揃えていうとか。物語系ダンジョンの設定が現実に戻ってからも抜け出せない冒険者が問題になっているというのもニュースで見たことがある。ちなみにネット上の数々の名配信も物語系ダンジョンによるものが多い。
「私もそう見る……やっかいね」
「たしかに」
焔の言葉は同調する。物語ダンジョンは表記された★以上の難易度のことが多い。なぜならクリアは物語を終わらせることなので戦闘だけでなく複雑な役割を求められることも多いのだ。脳筋美少女には少し酷かもしれない。
「まぁいいわ。物語系ならもうすぐ……」
焔がそこで言葉を区切る。1人の西洋風の鎧を着た男がガチャンガチャンと金属がぶつかる音をたてながら走り寄ってきたのだ。その光景を見て俺も重大なことに気がつく。あ、兜つけなきゃ……!?
「もしや勇者様でいらっしゃいますか……!?」
「そうよ」
これは決して焔のポンコツAIが誤作動を起こしたわけではない。物語系のダンジョンはこうして冒険者を渦中へ誘っていくように出来ているのだ。そんなことより俺には今すぐやるべきことがあった。それは、
「ハローDチューブ!! ブンブン♪ ドスコイドスコイ! ダンジョン配信はじめちゃうよ〜!俺の名はゲスナクレイジー!!よろしくドスコイ!!」
「あの……そちらの方は?」
「彼も勇者よ。ちょっとだけ頭が悪いの」
「は、はぁ……」
非常に不名誉なことを言われた気がするが、ここは見逃してやろう。配信者はマナーが第1なのだ。
「ささ、こちらへ……」
作為的なほど都合良く進んでいく展開はやはりここがダンジョンなのだと感じさせた。兵士らしき男に続いて歩いていると、
「ゲス男。約束は忘れてないでしょうね」
険しい顔をした焔が顔を近づけてきた。美人はどんな表情でも美人である。
約束とは「今回に限り配信をしないこと」である。無理やりダンジョンに同行させたDチューバーには酷すぎる要求だったが、なんでもそれを条件にギルドに許可をとったとか。俺には関係なくね?とは言えるはずもなく「うす」とだけ返しておいた。
「私はほとんどスキルがバレてるから良いっていったんだけどね」
過保護なのよ、と年相応に頬を膨らませる最強ギルドのトップ。個人主義であり秘密主義。これもまた天下布武が最強といわれる所以なのかもしれない。とはいえ……こちとら底辺Dチューバー。失うものなんて何もない。え、マナー?それって美味しいの?
ほいほいっとdoorsを操作し、視界の右上に赤い丸が点灯するのを確認する。念のためコメントをオフ。あ、あと画角のフィルターもかけとこう。万が一にも際どいショットでも写してしまったら死ぬより酷い目にあわされそうだ。
「ゲス男。遅れてるわよ」
「サーセン」
得意のポーカーフェイスで乗り切る。凡庸な顔に産んでくれてありがとう母さん。
その後は小鴨のようにのこのこ兵士についていくと、着いた先はスタート地点から見えた城だった。
「こちらで王がお待ちです」
赤い絨毯に導かれるように通路を歩き、2つほど大きな部屋を抜けた先にその部屋はあった。
「ようこそ、勇者殿」
小上がりで隔たれた室内のどこよりも高い場所に玉座があり、そこには1人の老人が座っている。人生の経験がそのまま皺となって刻まれた顔の老人はため息のようにそんな言葉を吐いた。
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