第7話 [急募]160キロを打つ方法

「ゲス男、私に力を貸しなさい……!」


モデルのように整った顔を近づけて迫るのは言わずと知れた日本の冒険者のトップ岬焔。黄金比を実現したその顔には幾筋もの前髪が張り付いていて、呼吸は荒く、目元は興奮からピクピクと痙攣している。メリハリの効いた体を包む高校の制服は運動の後のように乱れている。これなんてホラー?。


「あ、あの……げ、げすお?とか言う人は俺は知りませんし、その、人違いじゃないですか?」


「っ、あくまでシラを切るわけね……!面白いじゃない!」


有名人にきょどる俺を見てフフフと怪しく笑う顔は、やはりテレビや雑誌で見かけるものだ。俺はいま日本最強の冒険者に絡まれている。


「私にはあんたの力が必要なのよ」


ズバッとこちらを指差した日本最強は、そのまま聞いてもいないことをベラベラ話だした。内容的にどうやら最近のニュースと関係があるようだ。「ゲス男」呼びからもわかるように、俺を話題のDチューバーと間違えているらしい。途中で何度も口を挟もうとしたが、その度にハイライトの消えた目がこちらを睨むのだから大人しく聞き終えるほかなかった。ブチギレてる美人ほど恐ろしいものはない。


「──というわけよ。わかったわね?」


要約すると、目の前の岬焔さんには多額の借金があって、迫る期日までに払わないと大変なことになる、そして大金を作るためには話題のDチューバーの力を借りるのが大変手っ取り早い、と。なるほど。


「お疲れっしたー」


「ちょっ、どこ行くの!?」


「ムリムリムリ、俺ただのパンピーですし」


そもそも芸能人の不祥事に俺を巻き込まないでほしい。あと、俺には帰りを待つ可愛いVRピッチャーもいる。今日は早く帰るって約束したんだ。


「ぱんぴ……?よくわからないけど、あなたと私なら高難易度ダンジョンの1つや、2つ、すぐにでも踏み潰せるわ」


「お、おう……」


思いがけないジェネレーションギャップに傷つきはしたが、やっぱり話は通じていない。どんな分野でも一流の人間はどこかしら狂っているという定説を思い出した。そもそも最近★1ダンジョンをクリアしたばかりのビギナーに何を踏み潰せというのか。


「俺、ただの、ビギナー。OK?」


「身のこなしはビギナーのそれよ。でも白の試練はビギナーに踏破出来るほど甘いところじゃない」


「人違い、OK?」


「私が他者の実力を見誤るわけないでしょ」


ゲームがバグで先に進まなくなったような気分だった。その後も懇切丁寧に説明したが白のなんちゃらとかゲス男とか変化球のような返事しか返ってこない。まさかパクリの弊害がこんな形で現れるとは。


俺がどうにかして目の前の安いAIに学習を促していると、


「──と、とにかく!細かい話は後にして!少しだけ、ダンジョン協会で休憩しましょ?ね?」


ペットに食べちゃいけないものを教えるような俺の態度に岬焔の我慢がきれた。元来、我慢強いほうではないのかもしれない。


制服に包まれた腕が伸びてガッチリと俺の両腕を掴んだ。


美人から求められているという普段だったら大喜びしそうな状況だが今は恐怖しかない。それに俺は女子高生と休憩しない。


「休憩……!休憩だけだから……!!」


嘘だ!それで済むわけない!乱暴する気でしょ!?


俺は必死に抵抗を試みるも、掴まれた両腕は万力に挟まれたようにビクともしない。力強っ!?


「先っちょだけ……!先っちょだけだから……!」


踏ん張り抵抗するが、ズルズルと引き摺られていく俺。


重機かこの女!?


岬焔は虚な目をして恐ろしいことを口走りはじめている。


「痛いのは最初だけだから……」


乱暴される!?

絹を裂く悲鳴が住宅街に響いた。俺の。


「助けてぇーっ!!?男の人呼んでーっ!!?」


「この時間は誰も通らないわ……!ダイジョブ、ヤサシクスル……!」


クール系最強女子高生はどこいった。


哀れな仔牛はドナドナされ、まさに絶体絶命と思われたそのとき……俺に電流走る──!


「っ!あーっ!あーっ!!後ろから巨大な触手が迫ってるーっ!!」


「そんな苦し紛れの嘘に──ってキャあああああああああ!!?!」


日本最強の暴漢は背中に氷柱を突っ込まれたような悲鳴をあげた。岬焔越しに⚪︎を作った触手が見える。真昼間から女子高生に襲いかかる触手。面白くなってきやがった!!


「っ!ちょっと待ちなさ──ヒィッ!キモっ!?」


ミカエルは二度刺す──!


荒事に慣れたといえども所詮は女子高生。ドアップミカエルくんの視覚的暴力の敵ではない。背後の光景には心惹かれたが、すでに俺は全速力で明後日に向かって走り出している。


(ごめん、ミカエルくん……!きみがいなくなった部屋はがらんとしちゃったよ、でも、すぐ慣れるから心配するなよな──!)


溢れる涙はもう拭わなかった。


「ああっ、もう、“原初の火”!!」


苛立つ岬焔の声と共に背後から思わず足がすくむような、強烈な爆発音がいくつも聞こえてくる。しかし、それでも俺は振り返らずに走り続けた。そしてついに、


「岬焔、おもしれー女……」


日本最強の冒険者を撒くことに成功したのだった……!















──ちなみに160キロは打てなかった。





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