第6話 ぼくらの協会支部前戦争

「天下布武のトップが聞いて呆れるな。やはり君にはゲス男を任せられそうにない」


「ゲス男はソロなのよ!?天下布武で私の弟子になることこそ王道よ!」


──神は死んだ。


三角の脳内はダンジョン以前に存在した哲学者の文句と奇しくも一致した。


「あんたたちみたいな仲良しこよしのおままごとはダンジョンはお呼びじゃないの!わかったら、ケツまくってさっさと帰りなさい!」


「お、お嬢、スポンサーへのイメージとかもあるから……」


「あ?」


「あ、いえ」


三角の頭痛が秒毎にひどくなっていってるのを感じた。


「れ、レインさん!ここは大人になって?ね?」


三角は焔と睨み合う男に声をかける。まるで絵本から飛び出た王子様のような容姿をした男の名はレイン・アルバート。パーティー特化ギルド『守護者ガーディアン』のトップだ。ホストのような黒いセットアップと白いシャツを着こなし、太陽のような白い歯を光らせている。


弾丸バレット、それは目の前の火炎猿にいってもらえるかな?私は言葉通り火の粉を払っているだけだ」


「だれが火炎猿よ!!??」


「わっ、お嬢、火、火!」


比喩ではなく、焔の背後からは炎が立ち上っている。焔のスキル『炎帝』のせいだ。


「口ではなく態度で示してほしいものだ」


「あんたの歯、真っ黒に焼いてやるわ」


焔の顔を白くなり、その手が吊り下げた炎の化身イフリートの柄を握った。


「やれやれ。限りなく猿に近いとはいえ女性に手をあげるのは忍びないが……」


困ったものだと額を抑えたレインの手にはいつの間にか小さなロザリオが出現している。ロザリオは薄く青白い光を放ち、すぐにでも戦闘に入れることを示している。


「わ、ちょっと、レインさん!」


慌てる三角にレインは反応を示さず、黄金の瞳は目の前の荒れ狂う炎に定まっていた。燃え盛る火炎から目を離すほどレインは間抜けではない。


「火炎猿。君はゲス男の価値を正しく理解しているのかね?私の見立てでは彼はパーティーでこそ輝く」


「馬鹿じゃないの?あの身のこなし見たでしょ。あいつは生粋のソロよ」


いつ爆発してもおかしくない。


常人なら卒倒しそうな状況だが、より三角にはレインの言葉が気にかかった。


「レインさん、それはどう言う意味で?」


売り言葉に買い言葉の状況でも国内の集団戦のトップの言葉だ。実際にゲス男という件の冒険者を見ていない三角はレインがゲス男をどう評価をしたのか興味があった。


「スキルだ。私は未来予知と見る。君はどうだ、火炎猿?」


守護者は集団戦に特化したギルドとして知られる。個人の踏破記録では天下布武が上を行くが、踏破した危険度の数では1歩劣る。トップにレインを置いた組織図は天下布武と変わらないが、下に連なる組織は個人主義の天下布武と大きく異なっていた。


なるほど、と三角は唸る。確かに未来予知ならば、即戦力どころの話ではない。精度の高い情報収集はあらゆるコストを軽減し、それに応じた柔軟な対応も守護者の持つ厚い人員なら可能だ。


ゲス男の加入で守護者のダンジョン攻略が頭一つ抜けることが三角にも容易に想像できた。


──しかし、燃え盛る炎は全てを呑み込み一蹴する。


「くだらない。どうでもいい。天下布武は強者を求める」


焔の目から火花と飛んだ。その単純すぎる焔の言葉に三角はつい笑ってしまう。同時に心の中でここにいない天下布武のメンバーに謝罪をする。


「ははっ、お嬢らしいなぁ!ほんじゃ、レインさん。そういうことで……」


三角は焔の横に並ぶように立つ。その手には既にdoorsから転送した愛用の獲物が収まっている。


「ふむ。弾丸バレット、やるのかね?」


「うちのトップが言ってんだ、しょうがないでしょ。それに……」


──俺もの方が性に合ってるしな。


天下布武の幹部の名は伊達じゃない。比較的常識のある三角は折衝役として場に立つことが多く、気安い口調から誤解されることもあるが、その本質は修羅である。獲物を片手に数々のダンジョンに風穴を開けた男はかつてのように牙を剥き出しにした。


三角が静かにベレッタM92を構える。その動きはまるで力みを感じさせない自然なものだった。雨が降ったから傘をさすといった感じだ。実銃は冒険者の戦闘において火力不足になりがちだが、三角はその範疇にいない。


「まったく血の気の多いことだ。冒険者が皆こうであると誤解してほしくないね」


「何言ってるの。同じ穴のムジナでしょ」


言葉とは裏腹にレインの顔も喜悦を抑えきれず歪んでいた。焔も惨劇に胸を膨らませている。三角は絶えず自然体で手に持った獲物が不自然にすら見えた。


──この瞬間、ダンジョン協会練馬支部は日本の冒険者の最前線となった。

冒険者など結局のところ三度の飯よりも殺ったり殺られたりが好きな獣にすぎないのかもしれない。




こうして、冒険者協会練馬支部は未曾有の被害を遂げたのだった。















そして、


「いやぁー、冒険者のトップというのは凄いものですね。我々、協会の職員などどうなってもいいとお考えでいらっしゃる。まぁ所詮は変えが効く一般人ですからね。違う?違うのなら何ですか。一般人がいるところでスキルの使用をしても問題無いと判断したのですか。いや!さすが!日本最強の天下布武は違いますね!己の技量に絶大な自信をもっていらっしゃる!……ところでご存知ですか?今回の騒動でdoorsが破損したことを。ええ、ええ、もちろんダンジョンの神が与えたもうたあのdoorsです。ダンジョン産の物でしか修理が不可能なあのdoorsです。当然、修理にかかる費用もそれはそれはお高いものでしてね。ああ、いやいや!もちろん天下布武ほどの1流ギルドにとっては子どもの小遣いぐらいのものでしょうとも、ええ!守護者?いえ、守護者のトップの方はもう帰りましたよ。ええ、はい、映像も確認させていただきましたが彼がスキルを使用した形跡は見つかりませんでした。映像にあったのは刀と銃を嬉しそうに振り回すあなたたちだけです。というわけで、どうぞ、こちらの請求書を持ってお帰りください。期日は請求書の方に記載されておりますので。はい、よろしくお願いします。あ、そうそう……!もしも!もしもですが……期日通りにお支払いいただけなかった場合は資産の差し押さえという形になりますので、はい。よろしくお願いします。それでも足りないようでしたら……契約不履行でギルドの存続にも関わるかもしれませんね。もちろん仮の話ですが」




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