第5話 お兄ちゃん≠エロ本
「お兄ちゃん、ダンジョン行かないの?」
居間のソファーで寝転んでいると、妹が通りかかる。手には木のスプーンと、苦手といって後回しにしていた抹茶味のハーゲンダッツがあった。。どうやらアソートボックスも底をつきはじめたようだ。
「お兄ちゃんは充電中なの」
強烈なデジャブを感じて返事をすると、妹は生意気にもやれやれといった感じに肩をすくめた。
「お兄ちゃんのバッテリーはもう膨らんじゃってるね」
妹ながら気の利いたことをいうやつである。
「でもいっか。なんかニュースにもなってたし」
そうなのだ。俺がこうやってソファーを人肌に温めていることにも理由があり、やりたくてやっているわけじゃない。みんな政治が悪い。
「ダンジョンは行かなくていいけどさ、これから友達来るから出かけてくれない?」
さも当然のようにいう妹の手のカップアイスから水滴が垂れる。あとで誰が拭くと思ってるんだ。
「そうなのか」
「うん。見られたら恥ずかしいし」
お兄ちゃんはエロ本か何かか。しかし友達ねぇ……。
「ここは兄として挨拶したほうが……」
「絶対やめて」
およそ肉親に向けるべきではない視線だった。
「ああああああっっつい」
夏真っ盛りの日差しが容赦なく脳天を灼く。これなら『生きもののすべて』の方がよっぽどマシだ。あっちの方が爽やかさがあった。都会の熱気はまとわりついてかなわない。
ぶらぶらと行くアテもなく歩いていると、ダンジョン協会の練馬支部の建物が見えてきた。自分の無意識な勤労意欲に頭が下がる。まぁ、もともと気になってはいたのだが。
「お?」
ダンジョン協会の建物は以前見た画像と同じように入り口周辺が崩れている。奥にある無傷の壁面はなんとも間抜けだった。崩れた瓦礫の中で比較的大きな塊に黒と黄色のテープで厳重に留められた貼り紙を見つける。
「えーっと……」
近づいてみると余白だらけの真ん中にゴシック体で一文が記載されていた。内容は簡潔に一言。
『天下布武関係者の出入りを固く禁じる』
事件の内容を知ってるだけにダンジョン協会の対応もわからなくもなかった。厳重な管理を義務付けられたdoorsを危険に晒し、なおかつ支部の顔を吹っ飛ばされたのだ。『
熟読するほどでもない貼り紙から目を離すと、改めて破壊の痕跡が目に入る。コンクリートの所々が炭化していて、壁だけになったブロック塀には大きな穴が空いてるものもあった。いったい何したらこんなことになるのやら。
「岬焔は見てみたかったけど、コレに巻き込まれるのはごめんだなぁ」
つくづく俺の選択は正しかったと自画自賛してしまう。あの日、たまたまSNSで「練馬支部に機動隊が出撃した」なんて眉唾ものの目撃談を見ていなかったら、のこのこと練馬支部を訪れていただろう。くわばらくわばら。
ダンジョンからの帰り道、ちらっとだけ見た外観とほとんど変わっていないことを確認して、踵を返す。徒歩5分の練馬支部を愛する俺はそれ以外の協会からダンジョンにアクセスするわけにはいかない!決意を新たに、俺は馴染みのバッティングセンターに足を向けた。
今日は160キロ打てるまで帰らないぞ!
すでに心の中で1人帰れま10を始めていると、後ろから伸びた手にガシッと肩を掴まれた。
「ミツケタ」
濡れたカラスのような黒髪は震えるように逆立ち、垂れた前髪から覗く瞳は血走ったように爛々と光っている。
俺の肩に指を食い込ませたその人は、最強ギルド『天下布武』のトップであり、この惨状の加害者、『炎の化身』岬焔だった。
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