第2話 ほむらたん見てるぅー!?いぇーい!!

東京都の練馬区に存在するダンジョン協会の支部は混乱していた。受付にたつ職員は青ざめた顔をして自動ドアの向こうを見ている。その視線の先に、入り口に沿って仁王立ちする一人の少女がいた。着ている制服は都内の高校のものだ。


「……っ!!」


その少女は中に入ろうとする冒険者の一人一人に至近距離からメンチを切っていた。粗暴な者も多いはずの冒険者だがその迫力に怯えたように逃げていく


「お嬢、もう諦めたほうが良くないっすか?」


お嬢と呼ばれる少女。先ほどから訪れた冒険者1人1人を睨め付けている彼女は日本で三つしかないギルド『天下布武』のトップである岬焔みさきほむらその人だった。腰には『炎の化身イフリート』と呼ばれる原因となった熱された鉄のような色の日本刀が吊り下げられている。


「さすがに職員さんにも迷惑ですし……ねぇ?」


困ったように笑っているのは天下布武の5人の幹部の1人、三角清輔みすみせいすけ。腰を低くして揉み手をする姿からは想像もつかないが『弾丸バレット』の異名を持つ凄腕の冒険者であり、協会の講習でビギナーに向けて教鞭をとることもあった。


「帰りましょう?」


「嫌よ」


「嫌よって……。そもそもここでまたdoorsを使うとも限らないじゃないっすか。俺もう怒られるの嫌ですよ……」


焔がこの一週間、朝からこの場所に立ち続けている理由は人探しにあった。探し人がこの練馬支部でdoorsを起動したことがわかったらしい。配信で設定されるランダムなIDの末尾二桁がそうだったと焔は言っていた。


「クレームだって入ってるっぽいし……」


説得を続ける三角の目元はストレスで痙攣している。


焔は目立つ。そりゃ目立つ。言わずと知れた日本のトップの冒険者だ。高校生とは思えないスタイルの良さ、誰もが振り返る目鼻立ち、極め付けは本人の証明である腰に下げた赤黒い日本刀。実力主義の苛烈さで知られる天下布武のトップが至近距離でメンチを切るのだから訪れた冒険者はたまったものじゃない。


──そりゃ俺だって興味はあるけど……!!


三角の頭の中に『前田』という名札を下げた職員の顔が浮かんだ。連日、焔に代わって頭を下げ続けている相手だ。昨日の嫌味は50分にも及んだ。


「お嬢も仕事があるでしょうに」


ダンジョンに潜るだけがギルドの仕事じゃない。トップの仕事には避けられない書類仕事が含まれている。実力主義を理由に多くの事務屋を手放した天下布武で書類に追われていない上層部は存在しない。


「ヤコに任せたわ」


「あ、そすか……」


簡潔すぎる返答だった。三角は同じ幹部であるのほほんとした少女にそっと手を合わせた。


「白の試練の初の突破者なのよ?それも常識ハズレのソロ。実力主義を謳う天下布武が動かなくてどうするの。それに性悪たちだって動いてるはずよ」


性悪、とはおそらく他ギルドのトップのことだろう。険悪とまでは言わないが日本に3つしかないギルドは常に自分たちこそが頂点だと言ってはばからない。


「とにかく見つけるまで帰らないわよ」


「はぁ……。配信者だっていうならコメントで粉でもかければ良かったじゃないですか。DMとかもあるんでしょう?」


三角はその辺はサブメンバーに任せているので詳しくないが、そういった機能があることぐらいは承知している。


「天下布武の岬焔だ、って言えば良かったじゃないですか」


「だってコメント切ってたんだから仕方ないでしょ!それに……それに……うっ」


焔が急いで口元を手で押さえた。吐き気を我慢しているようだ。普段の生気みなぎる顔色がみるみる青くなる。


「それに……気絶して起きたらチャンネルが消えてるなんて誰がわかるっていうのよ……」


焔の話ではリアルタイムで視聴していたところコメント欄に現れたによって気絶させられたらしい。ギルド内部でスキルかもしれないから専門の医者に見せるという提案も出たが「もう何も思い出させないで……」と首を振る焔に却下された。日本最強の冒険者を気絶させるコメント欄がどういうものか三角には想像もつかなかった。


「Dチューブも偽物ばっかり現れて探しきれないし、現実で本人を探したほうが手っ取り早いわよ……うっ」


さっきまでの威勢はどこへやら。口元をおさえながらも執念深く入り口を陣取る焔の姿に「今日の嫌味は短かったらいいなぁ」と三角は他人事のように考えた。


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